凜花が調理場で働くようになって、一か月が過ぎた。


聖を除けば、これまでは桜火と玄信、蘭丸と菊丸くらいしか接することがなかったが、調理場に入るようになったことで臣下たちとの会話がぐんと増えた。
最初は仕事のためだった会話は徐々に世間話にも及び、今ではみんな天界で流行っているものなどを教えてくれたりする。
天界のことをなにも知らなかった凜花にとって、ひとつひとつのことが興味深く、会話により花が咲いた。


さらには、最初は料理係だけだった話し相手も少しずつ増えていった。
臣下たちは互いに付き合いが長いらしく、料理係の知り合いや友人が屋敷内のあちこちにいるため、自然と凜花も会話に入れてもらえるようになったのだ。


普通なら、学校や会社での友人や知人もこんな風に増えていくのだろう。
凜花にはこれまで経験のないことだったが、それがかえって新鮮でもあった。


臣下たちとの会話が増えたことによって居心地が好くなった分、天界での生活にも馴染めてきている。
元は、臣下たちとの仲を取り持ってくれた風子のおかげだが、凜花が彼女にお礼を言うと『姫様のお人柄ですよ』なんて返されてしまった。
そんなはずはないとわかっている。
しかし、凜花は風子の気遣いが嬉しくもあった。


道具屋に頼んでいたピーラーは、数日前にようやく出来上がった。
凜花が形などは説明したとはいえ、天界では未知の道具。
最初から見た目だけはそれらしいものが完成したが、いざ使ってみると凜花の知っているものとは使い心地がまったく違い、何度も作り直してもらうはめになった。
風子に急かされていたため、道具屋は大変だったに違いない。


けれど、凜花の必死の説明と使用感の感想、道具屋の努力の甲斐があって、最終的には凜花が下界で使っていたピーラーと遜色ないものが出来上がった。
凜花にとっては当たり前だった道具。下界では百円均一でも手に入る程度のもの。
ただ、道具作りはまったく素人の凜花の説明で目にしたこともないものを作るのは、至難の業だっただろう。
これがプロの仕事か……と感心した三日後には、さらに追加で三個のピーラーが届いた。