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「この世の終わりみたいな顔してるねー。まあそうだろうとは思ってたけど」
二学期の始業式。クラスメイトの優菜はきゃらきゃらとあかねを笑った。笑われたけど、それどころじゃないあかねは果てしなく机にめり込んでいた。
「……もう、何もやる気にならない……。学校来ただけ……、いや、生きてるだけ褒めて欲しい……」
「何言ってんの。二学期入ったらすぐに学力テストあるって先生言ってたじゃん」
「でもまあ、現実に拒絶反応示すと思ってたから、登校しただけ凄いと思うよ、俺」
優菜に突き放され、光輝にフォローされるのを、あかねは魂の抜けた頭で聞いていた。
昨日一日、テスト勉強どころじゃなかった。いや、正直、今日だってテストどころではない。なんて言ったって、最愛の推しがあかねの人生から消えてしまったのだ。これを絶望の淵と言わずして、なんというのだ。
「生きている意味が分からない……。私に玲人くんを返して……」
滂沱の淵でそうは言ったけど、あかねは玲人のことを思うと、そんなことを願ってしまう自分が罪深き罪人のように思えた。玲人は『普通の高校生になりたい』と言ったのだ。
デビューから五年。『FTF』はそこからの始まりだったけど、玲人はデビュー前から凄く人気があった。
人気があるってことは、プライベートも犠牲にして来たってことだろう。そう思うと、玲人が芸能界から解放されて、自由を得たい、と思ってしまうことも否定できなかった。
なんといっても玲人の気持ちが最優先だ。玲人はあかねの最推しなんだから。
「うう……っ、ごめんね、玲人くん。いつか玲人くんが普通の高校生になってることを見守れるようになるからね……」
涙を流しながら独りごちるあかねに、優菜と光輝は笑った。
「あかねもいい機会だし、現実見たらいいのに。画面の向こうの人とは恋愛できないでしょ?」
「そうそう。俺とか結構優良物件だと思うよ。この機にどうよ?」
二人の言葉にあかねはガタンと椅子を蹴った。
「玲人くんは私の生きる希望だったの!! 玲人くんと同じ時代を生きて、玲人くんの生きざまを見続けて、玲人くんを励ます存在(ファン)でありたかったの!! それが失われてしまったの!! そんなの、もう生きる意味ないじゃない……!!」
わあっ、と机に突っ伏して泣きわめくあかねに、優菜は現実を突きつける。
「嘆いていても玲人くんはもう戻ってこないし、学力テストは待ってくれないからね。ほら、現実見た見た」
「優菜は陸上一筋かもしれないけど、その陸上がある日突然奪われたらどうよ!?」
「そしたら別のことを探すわ。嘆く時間が勿体ないからね。あ、ほら先生来たよ」
ぽんぽん、とあかねの背中を叩いて優菜は黒板を向き直り、光輝は席に戻った。
ガラッと教室のドアが開いて担任が入ってきて、日直が号令をかけて礼をする。泣き顔のまましぶしぶと担任を見て、その姿に目が釘付けになった。
……正確には、担任の隣に立っている男子生徒に、だ。
「えー。二学期からこの学校に転入してきた、暁玲人くんだ。知ってる人もいるだろうが、まあ、皆で仲良くしてくれ」
そんな説明と共に、男子生徒がお辞儀をする。
「暁玲人です。どうぞよろしくお願いします」
その声は、いつか生で聞きたいと思っていた玲人の声で、はにかむように笑うその笑顔は、今まで画面越しに見つめ続けてきた玲人の笑顔そのもので、何より全身から放たれるアイドルオーラが、その男子生徒を玲人その人たらしめていた。
ざわざわどころではない。キャーとかギャーとかわめく女子の声に混じって、芸能人マジかよー、と騒ぐ男子の声。
そんな中、玲人は憧れの『普通の高校生』の始まりを満喫しているのか笑顔を崩さず、担任の声に促されて席に着いた。
……空いていた、あかねの隣の席に。
「よろしくね」
にこりと眩いばかりの笑顔を向けられて失明するかと思った。あかねは不自然にならないように顔を背けて、全身を駆け巡る心臓の足を捕まえようと必死だった。
いや、心臓に足なんて付いてない。でも、心臓が血管を伝って全身を走っているように感じた。
心臓の息切れは鼓膜の奥に鼓動となって届き、心臓の発する汗が全身の皮膚から染み出していた。
(は……!?!?!? れっ、玲人くんがクラスメイト!?!?!? って言うか、このゼロ距離とか普通に無理じゃない!?!?!? 私、死期が近いのかな!?!? 冥途の土産ってこういうやつ!?!?!?)
混乱した思考を駄々洩れにしなかっただけ褒めて欲しい。かくしてあかねは教室で玲人の隣人として、その座を獲得したのだ――――。