「この衣装を着るのは、大好きな人の元に喜びにあふれて向かう時と思っていました。その夢が叶って、私、とても嬉しいです」

「そうか。綺麗だ。本当に。俺は……こんなにも幸せになっていいのだろうか」

「天明様……」

 こんな日が来るとは、天明は思っていなかった。未来を望むことに慣れていない天明は、差し出された幸せを手放しに受け取ることができない。

 きゅ、と紅華は天明の手を握り返して、めずらしく心細げなその顔を見上げた。

「幸せになりましょう。私と……みんなと、一緒に」

「紅華」

「あなたの幸せを、みんなが望んでいます。晴明様も、睡蓮も、皇太后さまも……そして、誰よりも私が。誰か一人が欠けても、それは本当の幸せではありません。だから、みんなで幸せになりましょう」

 言葉を詰まらせた天明に、紅華はそっと寄り添う。

「今夜は、戻りません」

「ん?」

「だって私たちは夫婦になったんですから……今夜は、共に」

 その意味を悟った天明は、なぜか泣きたくなって自分に添った細い体をそっと抱きしめた。

(幸せ、か。俺には縁のないものだと思っていた)

 天明は、言葉には出さずとも腕の中のぬくもりに誓う。

(紅華を、誰よりも幸せに。それが、これからの俺の生きる意味だ)

「いいのか?」

「はい」

 紅華の返答には、欠片の迷いもなかった。いつも通り、紅華は紅華のままに。

(そうだ。これが、俺の惚れた女だ)

 天明も少しだけいつもの調子を取り戻して、にやりと笑ってみせる。

「結婚初夜、か」

 紅華の、顔どころか首筋までが赤く染まった。

「わ、わざわざ言わなくていいです!」

「抱いていいんだろ?」

「だから!」

「はいはい。本当に、紅華は可愛いな」

 細かく結い上げた美しい黒髪に、天明が口づける。

「……面白がっていますね?」

「さあ?」

 紅華は頬を膨らませて天明を睨むが、天明はその頬にもまた口づける。愛しげに髪をなでられれば、紅華もいつまでも拗ね続けられるものではない。

 しばらく視線をさまよわせていた紅華が、おそるおそるいった。

「あの……一つ、お願いしたいことがあるのですが」

「なんだ?」

「この服……」

 紅華は、少し体を離して自分の姿を見下ろす。

「これ正装ですから、複雑すぎて私一人では脱げないのです。あの……大変申し訳ないんですけど、脱ぐのを手伝ってもらえますか?」

 着替えを手伝うのは、侍女の仕事だ。そんなことを皇帝にさせてしまうことを紅華は申し訳なく思う。

 恥ずかしそうに上目遣いになった紅華に、天明は、ついに声をあげて笑った。

「願ってもない」

 そう言って天明は、明るい気持ちで紅華の手を引いて黒曜宮へと向かった。




【終】