「白露に聞いたつわりに効くという茶だ。気分がすっきりするらしい」

「ありがとうございます。わざわざ取り寄せてくれたのですね、天明様」

 笑んでその袋を受け取った紅華を、皇太后は嬉しそうに見つめる。

「天明、紅華様を大事にね」

 少し驚いたような顔をした天明は、ばつがわるそうに視線をそらした。

「わかっております。……赤ん坊が生まれたら、どうか抱いてやってください」

「もちろんよ。楽しみだわ。でも先に睡蓮様の方が……睡蓮様?」

 緊張した声で問うた皇太后に驚いて、みんなが睡蓮を振りむいた。唇をかみしめる睡蓮の額には、汗が浮かんでいる。

「申し訳ありません。今朝から少しお腹が張るような感じがして……」

「まあ。痛みがあるの?」

「でも、先週も何度か痛みましたけれど、たいしたことはありませんでしたから」

「白露、すぐ典医に連絡を」

「皇太后様?」

 急ぎ足で出て行った白露を見送って、紅華は不安そうに振り返る。

「もしかして……」

「おそらくは。いよいよですわ、睡蓮様」

「ええっ?! こ、ここで生まれるのですか?!」

「そんなにすぐには生まれませんよ。これから一昼夜かけて、赤子がゆっくり降りてくるのです」

「一昼夜……」

 睡蓮と紅華があおざめる。確かにそれは聞いていたが、いざその時がくると、恐ろしいような気持ちになってきた。そんな二人に、皇太后は微笑みかける。

「大丈夫。私たちがついていますからね。さあ、産室に移りましょう」

「はい」

 よろよろと立ち上がった睡蓮は、皇太后に連れられて出て行った。

「天明様……」

 辛そうな睡蓮の様子に半年後の自分の姿を重ねて、紅華は、ぎゅ、と天明の袖をつかむ。その紅華を座らせて、天明も隣に座るとその体に自分の腕を回す。

「大丈夫。きっと無事に産まれる。俺たちの子供も」

「はい」

「お前には辛い思いをさせるな。だが、俺もついているし、睡蓮も白露も、母上もいる。みんなで乗り越えよう」

「はい。天明様」

「ん?」

「生きて、くださいましね」

 かすかに目を瞠った天明は、愛おし気に目を細めて紅華を見つめる。

「ああ。これからも『皇帝陛下』ではあり続けるつもりだが、死んでもいいとはもう思わない。守るものが増えたんだ。せいぜい、死に抗って生きてやるさ」

「頼みますよ。おじいちゃんになってもおばあちゃんになっても、一緒に生きていきましょう」

「楽しみだな」

 笑った天明は、力を籠めすぎないように紅華を抱きしめた。



 宮城に明るい知らせが飛び交うことになるのは、次の朝の事だった。そしてまた、半年後にも。陽可国には、しばらく明るい知らせが続くことだろう。





  【終】