「私……?」
「ああ」
「本当ですか?」
「もちろん。お前を……愛している」
「天明様!」
振り返った紅華は、満面の笑顔だった。再び天明の目が点になる。
「紅華? お前、泣いて……」
「誰がですか?」
けろりと言いながら紅華は、天明に抱きついた。
「おい?」
「そんなにぼろぼろになってまで助けに来てくださった方のお気持ちを、疑う訳ないじゃないですか」
天明は、たった一人であの別邸に乗り込んできた。他の衛兵たちが追いつけないほどに、急いで馬をかけさせたのだ。実際、紅華たちがのった馬車の隣には、天明の乗ってきたらしい馬が立っていた。
衛兵が辿り着くまで待つ余裕がないほど紅華の身を案じていたのは、乱闘で傷だらけになった天明の様子を見れば見当がつく。
一杯食わされたことに気づいた天明は、大きく息を吐いて紅華の体に腕をまわすと抱きしめた。
「人が悪すぎるぞ、紅華……」
「意地悪な天明様には、これくらいでちょうどいいのです」
「なんでこんなことを?」
「聞きたかったのですよ。天明様の、お心が」
「まったく……さっきまで青い顔してたくせに……」
ぶつぶつ言っていた天明は、紅華を抱きしめる腕にかなりの力を込めた。
「天明様……ちょっと、苦し……」
「紅華」
「はい?」
「このまま実家に帰れ。お前は、貴妃を辞退したと晴明には報告する」
ひゅ、と紅華の喉がなった。
「な、ぜ……ですか?」
紅華に回していた腕をほどいて、天明は真正面から紅華を見つめる。その顔に笑みは乗っていなかった。
「お前まで巻き込む気はなかった。俺たちにはこんなこと日常茶飯事だが、お前には同じ生活を送らせたくない。だから、もう後宮には戻るな。もし戻ればきっとまた……」
「だって、今、愛しているって……!」
「だからだ」
ため息混じりのかすれた声で、天明が言った。
「お前が大切だから、危険な場所にお前を置いておきたくない。一生あの後宮から出られない亡霊の俺には、お前にしてやれることなんて……何一つないんだ」
それを聞いて、紅華は思い切り顔をしかめる。
「……そうですか。そうやって睡蓮の事も早々にあきらめたんですね」
天明は答えなかった。き、と紅華は鋭い目で天明を見返す。
「お断りします」
「紅華」
駄々っ子に言い聞かせるような天明の声を聞いて、紅華は、ぐ、と拳に力をこめた。
「欲しいものがあるのです。それは、後宮でしか手に入らないので、私は後宮を去る気はありません」
「欲しいもの……何だ?」
「皇帝陛下です」
天明が、剣呑に目を細める。
「……晴明と睡蓮の気持ちを知っていて、それを言うのか」
紅華は、強い天明の視線を臆することなく受け止めた。
「私は、後宮で光となります」
「光?」
「影ができるには、必ず光が必要なのです。ですから、影を守る光となって、その影と共に一生を生きていきたいのです」
一瞬の後、その意味を悟った天明の目が大きく開かれる。
「紅華……」
「いけませんか?」
仰ぎ見てくる紅華に、天明が苦笑した。
「なるほど。『皇帝陛下の妃』、か」
「いけませんか?」
「……とにかく、いったん宮城へ向かおう」
紅華から視線をそらして、天明はようやくそれだけを言った。
(意気地なし)
紅華は心の中でひとりごちた。
「天明様」
「なんだ」
「助けて下さって、ありがとうございました」
ちらりと視線を向けた天明は、何も言わずにまた窓の外を向いてしまった。
☆
「紅華様!」
後宮に戻ると、睡蓮が紅華に飛びついてきた。
「ああ」
「本当ですか?」
「もちろん。お前を……愛している」
「天明様!」
振り返った紅華は、満面の笑顔だった。再び天明の目が点になる。
「紅華? お前、泣いて……」
「誰がですか?」
けろりと言いながら紅華は、天明に抱きついた。
「おい?」
「そんなにぼろぼろになってまで助けに来てくださった方のお気持ちを、疑う訳ないじゃないですか」
天明は、たった一人であの別邸に乗り込んできた。他の衛兵たちが追いつけないほどに、急いで馬をかけさせたのだ。実際、紅華たちがのった馬車の隣には、天明の乗ってきたらしい馬が立っていた。
衛兵が辿り着くまで待つ余裕がないほど紅華の身を案じていたのは、乱闘で傷だらけになった天明の様子を見れば見当がつく。
一杯食わされたことに気づいた天明は、大きく息を吐いて紅華の体に腕をまわすと抱きしめた。
「人が悪すぎるぞ、紅華……」
「意地悪な天明様には、これくらいでちょうどいいのです」
「なんでこんなことを?」
「聞きたかったのですよ。天明様の、お心が」
「まったく……さっきまで青い顔してたくせに……」
ぶつぶつ言っていた天明は、紅華を抱きしめる腕にかなりの力を込めた。
「天明様……ちょっと、苦し……」
「紅華」
「はい?」
「このまま実家に帰れ。お前は、貴妃を辞退したと晴明には報告する」
ひゅ、と紅華の喉がなった。
「な、ぜ……ですか?」
紅華に回していた腕をほどいて、天明は真正面から紅華を見つめる。その顔に笑みは乗っていなかった。
「お前まで巻き込む気はなかった。俺たちにはこんなこと日常茶飯事だが、お前には同じ生活を送らせたくない。だから、もう後宮には戻るな。もし戻ればきっとまた……」
「だって、今、愛しているって……!」
「だからだ」
ため息混じりのかすれた声で、天明が言った。
「お前が大切だから、危険な場所にお前を置いておきたくない。一生あの後宮から出られない亡霊の俺には、お前にしてやれることなんて……何一つないんだ」
それを聞いて、紅華は思い切り顔をしかめる。
「……そうですか。そうやって睡蓮の事も早々にあきらめたんですね」
天明は答えなかった。き、と紅華は鋭い目で天明を見返す。
「お断りします」
「紅華」
駄々っ子に言い聞かせるような天明の声を聞いて、紅華は、ぐ、と拳に力をこめた。
「欲しいものがあるのです。それは、後宮でしか手に入らないので、私は後宮を去る気はありません」
「欲しいもの……何だ?」
「皇帝陛下です」
天明が、剣呑に目を細める。
「……晴明と睡蓮の気持ちを知っていて、それを言うのか」
紅華は、強い天明の視線を臆することなく受け止めた。
「私は、後宮で光となります」
「光?」
「影ができるには、必ず光が必要なのです。ですから、影を守る光となって、その影と共に一生を生きていきたいのです」
一瞬の後、その意味を悟った天明の目が大きく開かれる。
「紅華……」
「いけませんか?」
仰ぎ見てくる紅華に、天明が苦笑した。
「なるほど。『皇帝陛下の妃』、か」
「いけませんか?」
「……とにかく、いったん宮城へ向かおう」
紅華から視線をそらして、天明はようやくそれだけを言った。
(意気地なし)
紅華は心の中でひとりごちた。
「天明様」
「なんだ」
「助けて下さって、ありがとうございました」
ちらりと視線を向けた天明は、何も言わずにまた窓の外を向いてしまった。
☆
「紅華様!」
後宮に戻ると、睡蓮が紅華に飛びついてきた。