「ですが」
『た……すけ、て……!』
喉を押さえられながらも、紅華は扉の向こうにむかって必死に声を押し出した。締め付けられた喉からは、叫び声には程遠い、本当に微かな声しか出なかった。
だが、それで十分だった。
「至急って……言っただろうが!!」
叫びと同時に、扉が粉々に割れてそこに一本の足が飛び出した。扉の外にいた男が蹴り破ったらしい。
「紅華!」
そこから勢いよく飛び込んできた男に、欄悠があっけにとられる。
「な、なんだお前は!」
飛び込んできた男は、貴族らしい服は着てはいるが、その体は埃まみれで服にいたってはあちこちが裂けてぼろぼろだ。男は、欄悠を睨み殺しそうな目で見下ろす。
「皇帝暗殺をもくろんでいた李恵麗と、彼女と結託していた官吏、陳張明、およびその関係者は宮城にて捕縛された。お前は、貴妃を誘拐してものにしろと、恵麗に……お前の姉に頼まれたな?」
「なぜそれを……!」
うっかり言いかけて欄悠は口元を押さえた。紅華は押し倒されたまませいいっぱい欄悠を睨みつける。
「やっぱり、そういうことなのね……」
舌打ちをして男を見上げた欄悠は、ふと、怪訝な顔になる。どこかで見たことがある……そんな風に記憶を探る欄悠に、男は不敵に笑った。
「我が妃を返してもらいに来た」
「……晴明皇子!? ……いや、へ、陛下! なぜここに……!」
気づいたとたん、欄悠の顔が蒼白になった。その下から紅華はあわてて這い出す。ごほごほと咳き込む紅華の手をとって立たせると、男は平身低頭した欄悠を見下ろした。
「李恵麗が皇帝暗殺に関わっていることは、ずいぶん前から把握していた。官吏がどこまで関わっているかつかむのに時間がかかったが……その間に李家の持ち家はすべて調べ上げて、ずっと目を光らせていたんだよ」
「そんな……ここなら大丈夫だと言われたのに……」
欄悠は、震える声で呟く。
「うまくやったと思ったんだろうが、こっちの方が一枚上手だったという事だ。それに、ずいぶんと紅華を可愛がってくれたようだな」
腰の剣をすらりと抜いた男は、その切っ先を足元の欄悠につきつけた。
「ひっ……!」
「皇帝に刃を向けた者の末路は、わかっているな?」
感情を抑えた静かな声が、余計に男の怒りを感じさせる。欄悠は真っ青になって、額を床にこすりつけた。
「お、お助けを……!!」
男は、動かない。
「て……!」
紅華は、止めようとして口をつぐんだ。ここでその名前を呼ぶわけにはいかない。躊躇している間に、男はゆっくりと剣をさやに戻した。
「追って沙汰あるまで震えているがいい。逃げられると思うなよ」
そうして男は、紅華の手を引くと部屋を後にした。
☆
紅華の捕らえられていたのは、郊外にある李家の別宅の一つだった。恵麗に手引きされたごろつきが、仕入れの業者を装って後宮から紅華を運び出したのだ。あっさりと跡がたどれたのは、恵麗や張明が晴明を侮っていたからに他ならない。彼らは晴明を、ただのぼんくら皇帝だと思って甘く見ていたのだ。
欄悠の屋敷を出ると、かわりに近衛兵たちが入っていった。屋敷の中にいたのは、何も知らない使用人たちと、衛兵代わりに雇われていた数名のごろつきだ。乱暴に押し入った天明は、ごろつきたちを組み伏せて紅華のもとにたどりついたのだ。
『た……すけ、て……!』
喉を押さえられながらも、紅華は扉の向こうにむかって必死に声を押し出した。締め付けられた喉からは、叫び声には程遠い、本当に微かな声しか出なかった。
だが、それで十分だった。
「至急って……言っただろうが!!」
叫びと同時に、扉が粉々に割れてそこに一本の足が飛び出した。扉の外にいた男が蹴り破ったらしい。
「紅華!」
そこから勢いよく飛び込んできた男に、欄悠があっけにとられる。
「な、なんだお前は!」
飛び込んできた男は、貴族らしい服は着てはいるが、その体は埃まみれで服にいたってはあちこちが裂けてぼろぼろだ。男は、欄悠を睨み殺しそうな目で見下ろす。
「皇帝暗殺をもくろんでいた李恵麗と、彼女と結託していた官吏、陳張明、およびその関係者は宮城にて捕縛された。お前は、貴妃を誘拐してものにしろと、恵麗に……お前の姉に頼まれたな?」
「なぜそれを……!」
うっかり言いかけて欄悠は口元を押さえた。紅華は押し倒されたまませいいっぱい欄悠を睨みつける。
「やっぱり、そういうことなのね……」
舌打ちをして男を見上げた欄悠は、ふと、怪訝な顔になる。どこかで見たことがある……そんな風に記憶を探る欄悠に、男は不敵に笑った。
「我が妃を返してもらいに来た」
「……晴明皇子!? ……いや、へ、陛下! なぜここに……!」
気づいたとたん、欄悠の顔が蒼白になった。その下から紅華はあわてて這い出す。ごほごほと咳き込む紅華の手をとって立たせると、男は平身低頭した欄悠を見下ろした。
「李恵麗が皇帝暗殺に関わっていることは、ずいぶん前から把握していた。官吏がどこまで関わっているかつかむのに時間がかかったが……その間に李家の持ち家はすべて調べ上げて、ずっと目を光らせていたんだよ」
「そんな……ここなら大丈夫だと言われたのに……」
欄悠は、震える声で呟く。
「うまくやったと思ったんだろうが、こっちの方が一枚上手だったという事だ。それに、ずいぶんと紅華を可愛がってくれたようだな」
腰の剣をすらりと抜いた男は、その切っ先を足元の欄悠につきつけた。
「ひっ……!」
「皇帝に刃を向けた者の末路は、わかっているな?」
感情を抑えた静かな声が、余計に男の怒りを感じさせる。欄悠は真っ青になって、額を床にこすりつけた。
「お、お助けを……!!」
男は、動かない。
「て……!」
紅華は、止めようとして口をつぐんだ。ここでその名前を呼ぶわけにはいかない。躊躇している間に、男はゆっくりと剣をさやに戻した。
「追って沙汰あるまで震えているがいい。逃げられると思うなよ」
そうして男は、紅華の手を引くと部屋を後にした。
☆
紅華の捕らえられていたのは、郊外にある李家の別宅の一つだった。恵麗に手引きされたごろつきが、仕入れの業者を装って後宮から紅華を運び出したのだ。あっさりと跡がたどれたのは、恵麗や張明が晴明を侮っていたからに他ならない。彼らは晴明を、ただのぼんくら皇帝だと思って甘く見ていたのだ。
欄悠の屋敷を出ると、かわりに近衛兵たちが入っていった。屋敷の中にいたのは、何も知らない使用人たちと、衛兵代わりに雇われていた数名のごろつきだ。乱暴に押し入った天明は、ごろつきたちを組み伏せて紅華のもとにたどりついたのだ。