「帰るだと? じきに立てなくなる。これで陛下も……っ!」
晴明が、腰の剣をすらりと抜いた。その仕草に、震えもぶれも感じられない。張明は、驚いて目を見開いた。
「なぜ……?」
「お前が女官を買収して私の饅頭に仕込んだ毒を含め、恵麗様に通じた業者から手に入れた毒の種類は、すべて調べ上げてある」
「まさか、ただの白湯……?!」
張明は、いまだ卓の上に残された茶碗に目をむけた。
「いいや。その毒に対する解毒剤を、先に飲んでいただけのこと。侮ったな、張明。私の命は、お前ごときに賭けるような軽いものではない」
張明の鼻先に剣を突き付けた晴明の顔は、いささかのぬくもりも感じられない冷たい表情だった。それと同じ顔を、張明は過去に見たことがある。
「龍可陛下……」
思わずつぶやいた張明に、晴明は冷たく言い放つ。
「刀の錆となるか、毒を煽るか。慈悲でどちらか選ばせてやる」
か、と張明が激昂する。
「どちらも断る! 私は、あなたを認めない!」
「そうか」
言うが早いか、晴明は持っていた刀をふるった。
「が……!」
最大にまで目を見開いた張明の首が、床に、たん、と転がる。
恵麗と皇太后は、一瞬の出来事に呆然とする。ついで、恵麗のするどい悲鳴があがった。
しゅ、と血のりを払うと、晴明は恵麗に体を向けた。
「ひっ……!」
腰がぬけたらしく、恵麗は立つこともできずにがたがたと震えはじめる。
「わ、私は何も知りませぬ! すべてこの張明がやったこと! わ、私は淑妃であるぞえ?! その私に何を……!」
「同じです、恵麗様。刀か、毒か。選んでください」
「お前……!」
恵麗は、目を見開いた。
「それが……お前の本性なのか。ぼんくらのふりして……!」
「この姿を隠さねば、あなたたちは油断してくれなかったでしょう? そして、父上と同じように私も殺されていたはずです」
その言葉に、思わず皇太后が立ち上がった。
「まさか! 陛下は、病気ではなかったのですか?!」
「残念ながら、毒を飲まされたようですね」
「でも、典医は毒ではないと判断したのでしょう?」
「父上の遺体を検分した典医にも、張明の息がかかっていたのです」
驚愕の目で、皇太后は恵麗を見つめた。
「なんてことを……あなたが、陛下を……」
「陛下が悪いのです!」
き、と恵麗は皇太后を睨みつけた。
「私を差し置いて、実の姉から陛下を寝取るような女を後宮に入れ、あまつさえ皇后にまで据えた、あの陛下が!」
「ならば、殺すべきは私です! なぜ……なぜ、陛下を……!」
「だって」
恵麗は嫣然と微笑んだ。
「私を愛さない陛下など、必要ありませんでしょう? 第一、陛下は慶朴を皇太子にはして下さらなかった。あの子を皇帝にするには、陛下にも晴明殿にも死んでもらうしかないではありませんか!」
ひきつれたように笑う恵麗を前に、晴明は一度目を閉じる。一呼吸おいて細く目を開けると、恵麗はその目の冷たさに悲鳴をあげた。それもつかの間、再び晴明の刀が舞った。
「大丈夫ですか、母上」
二つの遺体から目を背けていた皇太后の前に、晴明が立った。皇太后の視界を奪う位置で。
「ええ。陛下こそ、毒は本当に大丈夫なのですか?」
「はい。先ほども言いましたように、氾先生に解毒剤をいただいて飲んでまいりました」
「氾先生?」
皇太后が首をかしげる。
「お前に歴史学を教えていた、あの氾先生ですか?」
「そうです。氾先生は少しばかり医術の心得があるのだそうです。薬草にも詳しく、こっそりとご自分でも薬草を育てておられるのですよ。典医が張明の仲間だと気づいてからは、体調の悪い時は氾先生にお願いするようにしておりました」
晴明が、腰の剣をすらりと抜いた。その仕草に、震えもぶれも感じられない。張明は、驚いて目を見開いた。
「なぜ……?」
「お前が女官を買収して私の饅頭に仕込んだ毒を含め、恵麗様に通じた業者から手に入れた毒の種類は、すべて調べ上げてある」
「まさか、ただの白湯……?!」
張明は、いまだ卓の上に残された茶碗に目をむけた。
「いいや。その毒に対する解毒剤を、先に飲んでいただけのこと。侮ったな、張明。私の命は、お前ごときに賭けるような軽いものではない」
張明の鼻先に剣を突き付けた晴明の顔は、いささかのぬくもりも感じられない冷たい表情だった。それと同じ顔を、張明は過去に見たことがある。
「龍可陛下……」
思わずつぶやいた張明に、晴明は冷たく言い放つ。
「刀の錆となるか、毒を煽るか。慈悲でどちらか選ばせてやる」
か、と張明が激昂する。
「どちらも断る! 私は、あなたを認めない!」
「そうか」
言うが早いか、晴明は持っていた刀をふるった。
「が……!」
最大にまで目を見開いた張明の首が、床に、たん、と転がる。
恵麗と皇太后は、一瞬の出来事に呆然とする。ついで、恵麗のするどい悲鳴があがった。
しゅ、と血のりを払うと、晴明は恵麗に体を向けた。
「ひっ……!」
腰がぬけたらしく、恵麗は立つこともできずにがたがたと震えはじめる。
「わ、私は何も知りませぬ! すべてこの張明がやったこと! わ、私は淑妃であるぞえ?! その私に何を……!」
「同じです、恵麗様。刀か、毒か。選んでください」
「お前……!」
恵麗は、目を見開いた。
「それが……お前の本性なのか。ぼんくらのふりして……!」
「この姿を隠さねば、あなたたちは油断してくれなかったでしょう? そして、父上と同じように私も殺されていたはずです」
その言葉に、思わず皇太后が立ち上がった。
「まさか! 陛下は、病気ではなかったのですか?!」
「残念ながら、毒を飲まされたようですね」
「でも、典医は毒ではないと判断したのでしょう?」
「父上の遺体を検分した典医にも、張明の息がかかっていたのです」
驚愕の目で、皇太后は恵麗を見つめた。
「なんてことを……あなたが、陛下を……」
「陛下が悪いのです!」
き、と恵麗は皇太后を睨みつけた。
「私を差し置いて、実の姉から陛下を寝取るような女を後宮に入れ、あまつさえ皇后にまで据えた、あの陛下が!」
「ならば、殺すべきは私です! なぜ……なぜ、陛下を……!」
「だって」
恵麗は嫣然と微笑んだ。
「私を愛さない陛下など、必要ありませんでしょう? 第一、陛下は慶朴を皇太子にはして下さらなかった。あの子を皇帝にするには、陛下にも晴明殿にも死んでもらうしかないではありませんか!」
ひきつれたように笑う恵麗を前に、晴明は一度目を閉じる。一呼吸おいて細く目を開けると、恵麗はその目の冷たさに悲鳴をあげた。それもつかの間、再び晴明の刀が舞った。
「大丈夫ですか、母上」
二つの遺体から目を背けていた皇太后の前に、晴明が立った。皇太后の視界を奪う位置で。
「ええ。陛下こそ、毒は本当に大丈夫なのですか?」
「はい。先ほども言いましたように、氾先生に解毒剤をいただいて飲んでまいりました」
「氾先生?」
皇太后が首をかしげる。
「お前に歴史学を教えていた、あの氾先生ですか?」
「そうです。氾先生は少しばかり医術の心得があるのだそうです。薬草にも詳しく、こっそりとご自分でも薬草を育てておられるのですよ。典医が張明の仲間だと気づいてからは、体調の悪い時は氾先生にお願いするようにしておりました」