「強がりがいつまでもちますかな。いずれにしても、晴明様には皇帝を降りてもらいます。そして、次の皇帝となるのは」
ちらり、と張明は、奥の長椅子に座る元淑妃、李恵麗に視線を向けた。
「慶朴様は、優れた傑物です。晴明様とは違う」
「当然です」
恵麗は妖艶に言った。
「あの子は、上に立つ者としての教育を受けて成長いたしました。晴明様のような甘いお方に、国を統べることなどできません。慶朴が冠礼の儀をすませた今、皇帝となる資格は十分ですわ。そしてあの子が皇帝となったあかつきには、我が李家が全面的に慶朴をお守りいたしましょう」
皇太后は、反論するでもなく目を閉じた。藍晶宮のまわりに集まる気配は、さらに多くなっていく。
三人の耳に、扉を叩く音が聞こえた。
「皇太后様を迎えに来た」
その声を聞いて、皇太后はわずかに目をみはる。張明はにやりと笑んで皇太后を見下ろすと、自ら動いてうやうやしく扉をあける。
「お待ちしておりました。陛下」
晴明は、張明をにらんだまま目を離さない。
「母上を返してもらおう」
「人聞きの悪い。私どもは楊皇太后をお茶にお招きしただけでございます」
「では、帰っても問題ないな」
張明は、うっすら浮かべた笑顔を崩さない。
「それは、陛下の出方次第でございます」
「私にどうしろというのだ?」
「こちらへ」
誘われて、晴明は一人で藍晶宮に入った。周りからの視線を受けながら、張明は堂々と扉を閉める。
「さあ、陛下にもお茶を」
張明は、中央の卓へと晴明を案内した。
「だめよ、晴明」
用意された二つの茶碗には、白湯らしき透明な液体が入っていた。
「陛下と、皇太后様にも差し上げましょう」
「藍晶宮の周りは、兵が囲んでいる。私になにかあれば、お前たちもただではすまないぞ」
「私が夜までとある場所に行かなければ、陛下の大切な小鳥も羽を散らしましょう」
ぴくり、と晴明が眉をあげた。
「やはり、お前だったのか。私だけが狙いだろう。紅華殿は関係ない」
「美しい小鳥が大事なら、私を無事にここから帰すことですな」
「では、母上は開放しろ」
「秘密を知るものが多ければ、それはもう秘密ではありません」
「わたくしは、何も見ておりません」
口を挟んだのは、恵麗だ。その言葉の通り、横を向いてこちらを視界入れようとはしない。
「なるほど。お前だけの証人では心もとなくとも、国母となる恵麗様の言葉を正面切って疑える者はいないだろう。そうして証人となった恵麗様は、私が乱心して皇太后を殺し自らも死を選んだと証言するのだな。それが事実ではないと証言した者まで、ことごとく抹殺する気か」
淡々とした晴明の言葉にも、張明は笑んだまま答えない。
「張明」
低くなった晴明の声は、あくまで静かだ。
「なぜ国に余計な混乱を起こそうとする?」
「私とて、不必要に国を乱すようなことは望みません。しかし、だからこそ国をつぶす悪い芽は、若いうちに摘んでしまわなければ。それこそが、この国のためとなりましょう」
卓の前にある長椅子に優雅に腰掛けた晴明に、張明が茶碗を渡す。その様子を皇太后は、青い顔で唇を結んだまま、じ、と見ていた。
間を置くこともなく、晴明は透明なその液体を一気にあおった。皇太后が息を飲む。飲み干したあとの茶碗を、晴明は思い切り床に叩きつけて立ち上がった。
「これでいいだろう。皇太后と帰らせてもらう」
「は……ははは、ふはは……!」
張明は勝ち誇ったような笑いを浮かべた。
ちらり、と張明は、奥の長椅子に座る元淑妃、李恵麗に視線を向けた。
「慶朴様は、優れた傑物です。晴明様とは違う」
「当然です」
恵麗は妖艶に言った。
「あの子は、上に立つ者としての教育を受けて成長いたしました。晴明様のような甘いお方に、国を統べることなどできません。慶朴が冠礼の儀をすませた今、皇帝となる資格は十分ですわ。そしてあの子が皇帝となったあかつきには、我が李家が全面的に慶朴をお守りいたしましょう」
皇太后は、反論するでもなく目を閉じた。藍晶宮のまわりに集まる気配は、さらに多くなっていく。
三人の耳に、扉を叩く音が聞こえた。
「皇太后様を迎えに来た」
その声を聞いて、皇太后はわずかに目をみはる。張明はにやりと笑んで皇太后を見下ろすと、自ら動いてうやうやしく扉をあける。
「お待ちしておりました。陛下」
晴明は、張明をにらんだまま目を離さない。
「母上を返してもらおう」
「人聞きの悪い。私どもは楊皇太后をお茶にお招きしただけでございます」
「では、帰っても問題ないな」
張明は、うっすら浮かべた笑顔を崩さない。
「それは、陛下の出方次第でございます」
「私にどうしろというのだ?」
「こちらへ」
誘われて、晴明は一人で藍晶宮に入った。周りからの視線を受けながら、張明は堂々と扉を閉める。
「さあ、陛下にもお茶を」
張明は、中央の卓へと晴明を案内した。
「だめよ、晴明」
用意された二つの茶碗には、白湯らしき透明な液体が入っていた。
「陛下と、皇太后様にも差し上げましょう」
「藍晶宮の周りは、兵が囲んでいる。私になにかあれば、お前たちもただではすまないぞ」
「私が夜までとある場所に行かなければ、陛下の大切な小鳥も羽を散らしましょう」
ぴくり、と晴明が眉をあげた。
「やはり、お前だったのか。私だけが狙いだろう。紅華殿は関係ない」
「美しい小鳥が大事なら、私を無事にここから帰すことですな」
「では、母上は開放しろ」
「秘密を知るものが多ければ、それはもう秘密ではありません」
「わたくしは、何も見ておりません」
口を挟んだのは、恵麗だ。その言葉の通り、横を向いてこちらを視界入れようとはしない。
「なるほど。お前だけの証人では心もとなくとも、国母となる恵麗様の言葉を正面切って疑える者はいないだろう。そうして証人となった恵麗様は、私が乱心して皇太后を殺し自らも死を選んだと証言するのだな。それが事実ではないと証言した者まで、ことごとく抹殺する気か」
淡々とした晴明の言葉にも、張明は笑んだまま答えない。
「張明」
低くなった晴明の声は、あくまで静かだ。
「なぜ国に余計な混乱を起こそうとする?」
「私とて、不必要に国を乱すようなことは望みません。しかし、だからこそ国をつぶす悪い芽は、若いうちに摘んでしまわなければ。それこそが、この国のためとなりましょう」
卓の前にある長椅子に優雅に腰掛けた晴明に、張明が茶碗を渡す。その様子を皇太后は、青い顔で唇を結んだまま、じ、と見ていた。
間を置くこともなく、晴明は透明なその液体を一気にあおった。皇太后が息を飲む。飲み干したあとの茶碗を、晴明は思い切り床に叩きつけて立ち上がった。
「これでいいだろう。皇太后と帰らせてもらう」
「は……ははは、ふはは……!」
張明は勝ち誇ったような笑いを浮かべた。