「紅華殿は、必ず無事に見つけてみせる。だから、睡蓮も心配しないで」
「はい」
「それと」
晴明の目が、す、と細くなった。その顔は、普段の彼からは想像もつかないほど冷たく厳しい。天明は、無意識のうちに息を飲んだ。
「紅華殿や私の大切な者たちの命を狙うものは、誰一人許さない。今も、もちろんこの先も。陽可国の平安を乱すものは、すべて消えてもらう」
通常の晴明は、穏やかで優しい。それは確かに晴明の一面ではあるが、皇帝の責任を負っている自覚を持った時の晴明は、亡き父皇帝と同じ威厳と覇気をまとう。
(やっぱりこいつは、皇帝の器だ)
そのことに気づかずに皇帝失格の烙印を押す愚か者を、このまま野放しにしておくわけにはいかない。
天明も、顔を引き締めた。
「当然だな。で、準備は?」
「整っている。あとは、私の合図があれば」
「了解」
「では私は、陛下の支持の通り後宮内を。藍晶宮の方は、すでに手配済みです」
睡蓮も顔を引き締めて言った。晴明は、厳しい顔つきのまま頷く。
「もし紅華殿の件がなにかしらの手によるものだとしたら、後宮とはいえ予想以上に危険が伴うかもしれない。至急、内密に羽林軍をこちらにむかわせる。くれぐれも気をつけて」
「かしこまりました」
頭を下げた睡蓮を、晴明は複雑な表情になって見つめた。
「本当だな、天明」
「ん?」
声をかけられて天明は晴明を見返すが、晴明は睡蓮に視線を向けたままだ。
「愛する人の身に危険がおよぶかもしれないと思うと、心が引き裂かれそうだ。……それでも、私は皇帝として、自分がなすべきことをやり遂げにいかなければならない」
睡蓮は、決断した晴明が決して私情をはさまないことを知っている。だから、その覚悟を受け止めたことを笑顔で示した。
「それでこそ、皇帝陛下です。私のことはご心配なさらずに、どうか、お心のままに」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、晴明はいきなり睡蓮を引き寄せて抱きしめた。
「へ、陛下……!」
「ありがとう。……かならず、終わらせてくる」
抱きしめられた腕の強さとはうらはらに、その言葉は微かに震えていた。
この部屋を出れば、晴明は強くあらなければいけないのだ。だから、弱くいられるのは今だけ。それは、年若い皇帝のわずかな甘えだった。
睡蓮は、ためらいながらゆっくりとその体に自分の腕をまわした。
「晴明様も、お気をつけて。ご自分に傷の一つでもつけられたら、許しませんよ」
「心する」
苦笑しながら、晴明はなごりおしげに睡蓮の体を離した。
「おーい、いちゃつくのは後にしてくれ。目の毒だ」
わざと明るく言った天明に、二人は笑った。
「紅華殿が見つかったら、天明だっていくらでもいちゃいちゃすればいい」
「いいのか? あれは、お前の貴妃だぞ?」
「私の妃は、睡蓮だけだ」
晴明が視線を送ると、睡蓮は素直にほんのりと頬を染めた。
「わかってるよ。……来たようだな」
微かに扉を叩く音に、天明が気がついた。睡蓮が扉を開けに行くと、そこにいたのは宰相の翰林だった。
天明は、ぎらりと目を光らせる。
「では、始めようか」
☆
激しい音をたてて開いた扉に、広間にいた官吏たちが、ぎょ、として振り向いた。
「おとなしくしろ。皇帝暗殺の容疑で捕縛する」
声を張ったのは、禁軍将軍だ。
わらわらと現れる近衛兵に、青くなって立ち尽くす者、あわてて逃げ出そうとする者様々で、広間は騒然となった。
臨時朝議の名目で広間に集められたのは、主に皇帝暗殺に関わった者たちだ。その中に適宜配置された捕縛のことを知っていた者たちは、禁軍に協力して逃げ出す者たちの退路を断つ。
「張明はどこだ?」
「はい」
「それと」
晴明の目が、す、と細くなった。その顔は、普段の彼からは想像もつかないほど冷たく厳しい。天明は、無意識のうちに息を飲んだ。
「紅華殿や私の大切な者たちの命を狙うものは、誰一人許さない。今も、もちろんこの先も。陽可国の平安を乱すものは、すべて消えてもらう」
通常の晴明は、穏やかで優しい。それは確かに晴明の一面ではあるが、皇帝の責任を負っている自覚を持った時の晴明は、亡き父皇帝と同じ威厳と覇気をまとう。
(やっぱりこいつは、皇帝の器だ)
そのことに気づかずに皇帝失格の烙印を押す愚か者を、このまま野放しにしておくわけにはいかない。
天明も、顔を引き締めた。
「当然だな。で、準備は?」
「整っている。あとは、私の合図があれば」
「了解」
「では私は、陛下の支持の通り後宮内を。藍晶宮の方は、すでに手配済みです」
睡蓮も顔を引き締めて言った。晴明は、厳しい顔つきのまま頷く。
「もし紅華殿の件がなにかしらの手によるものだとしたら、後宮とはいえ予想以上に危険が伴うかもしれない。至急、内密に羽林軍をこちらにむかわせる。くれぐれも気をつけて」
「かしこまりました」
頭を下げた睡蓮を、晴明は複雑な表情になって見つめた。
「本当だな、天明」
「ん?」
声をかけられて天明は晴明を見返すが、晴明は睡蓮に視線を向けたままだ。
「愛する人の身に危険がおよぶかもしれないと思うと、心が引き裂かれそうだ。……それでも、私は皇帝として、自分がなすべきことをやり遂げにいかなければならない」
睡蓮は、決断した晴明が決して私情をはさまないことを知っている。だから、その覚悟を受け止めたことを笑顔で示した。
「それでこそ、皇帝陛下です。私のことはご心配なさらずに、どうか、お心のままに」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、晴明はいきなり睡蓮を引き寄せて抱きしめた。
「へ、陛下……!」
「ありがとう。……かならず、終わらせてくる」
抱きしめられた腕の強さとはうらはらに、その言葉は微かに震えていた。
この部屋を出れば、晴明は強くあらなければいけないのだ。だから、弱くいられるのは今だけ。それは、年若い皇帝のわずかな甘えだった。
睡蓮は、ためらいながらゆっくりとその体に自分の腕をまわした。
「晴明様も、お気をつけて。ご自分に傷の一つでもつけられたら、許しませんよ」
「心する」
苦笑しながら、晴明はなごりおしげに睡蓮の体を離した。
「おーい、いちゃつくのは後にしてくれ。目の毒だ」
わざと明るく言った天明に、二人は笑った。
「紅華殿が見つかったら、天明だっていくらでもいちゃいちゃすればいい」
「いいのか? あれは、お前の貴妃だぞ?」
「私の妃は、睡蓮だけだ」
晴明が視線を送ると、睡蓮は素直にほんのりと頬を染めた。
「わかってるよ。……来たようだな」
微かに扉を叩く音に、天明が気がついた。睡蓮が扉を開けに行くと、そこにいたのは宰相の翰林だった。
天明は、ぎらりと目を光らせる。
「では、始めようか」
☆
激しい音をたてて開いた扉に、広間にいた官吏たちが、ぎょ、として振り向いた。
「おとなしくしろ。皇帝暗殺の容疑で捕縛する」
声を張ったのは、禁軍将軍だ。
わらわらと現れる近衛兵に、青くなって立ち尽くす者、あわてて逃げ出そうとする者様々で、広間は騒然となった。
臨時朝議の名目で広間に集められたのは、主に皇帝暗殺に関わった者たちだ。その中に適宜配置された捕縛のことを知っていた者たちは、禁軍に協力して逃げ出す者たちの退路を断つ。
「張明はどこだ?」