「いたか? 睡蓮」

 息を切らして後宮にある晴明の部屋に入ってきた睡蓮に、天明は勢い込んで聞いた。

「いえ、こちらにはどこにも」

「ったく、よりによってこんな日に……どこいったんだ、あいつは!」

 苛立たし気に天明が壁を殴る。

「それより天明様、今は陛下もお姿をだしていらっしゃいます。後宮内とはいえ、あまり出歩かれては人の目に留まります」

「そんなこと言っている場合か!」

 一人になりたいという紅華を残して部屋に戻った睡蓮だが、その紅華が昼を過ぎても姿を見せない。心配して探してみれば、紅華の姿はどこにもなかった。

「睡蓮、天明」

 時をおかずして、晴明も急ぎ足で部屋に入ってくる。天明と晴明が一緒にいるところをみられたらまずい。三人はすばやく、隣の寝室へと移った。

「紅華は?」

 天明に聞かれても、晴明は首を振るしかない。晴明は、真剣な表情で言った。

「ここまで探して見つからないとなると、どこかで倒れているわけではなく自主的に姿を隠しているんだろうが……今日は、例の決行日であることを、紅華殿は知らない。下手な場所にいて巻き込まれでもしたら、彼女の身が危ない」

 そこで、天明はふと気づいた。

「まさか、紅華があいつらの手に落ちたという事はないだろうな?」

 それを聞いて、晴明も、は、としたように顔をあげる。

「紅華殿が、人質に取られたということか?」

「まさか……!」

 睡蓮が、短く悲鳴をあげた。晴明は、冷静に言葉をつなぐ。

「仮にこちらの情報が漏れていたとしたら、その可能性はある。紅華殿を人質に取られたら、こちらの動きは確実に鈍るな」

「今すぐ禁軍で後宮内を探索しろ! 徹底的にだ!」

「落ち着け、天明」

 今にも部屋を飛び出しそうになった天明の腕を、晴明が掴んだ。

「まだそうと決まったわけじゃない。下手に動いて、こっちの動きを悟られたら……」

「だが! こうしている間にも、紅華が……!」

「紅華殿は、仮ではあるが正式に私に認められた貴妃だ。もし向こうの手に落ちていたとしても、こちらの動きが何もないうちはやつらだって手出しはしないだろう。嫌なたとえだが……彼女の命は、取引の材料になる。みすみす傷つけることなどないはずだ」

「……くそっ!」

 天明は乱暴に晴明の手を払ったが、部屋を飛び出すことはしなかった。

「どうしたらいいんだ……!」

「紅華殿の探索は秘密裡に続けるが、もし誘拐されているとしたら、すでに宮城内にはいないかもしれない。今日城外に出た者たちをすべて調べさせよう。だから」

 晴明は、ぽん、と天明の方に片手を置いた。

「冷静になれ、天明」

 その一言を受けて、天明は大きく息を吐いた。目を閉じたのはほんの束の間、再び目を開けた時には、天明の瞳は落ち着きを取り戻していた。

「取り乱して悪かった。もう大丈夫だ」

 それを確かめて、晴明は微かに笑う。

「よかった。そんな風に取り乱す天明は、初めて見たな」

 言われて天明は、ばつが悪そうに晴明から視線をそらした。

「お前は紅華が心配じゃないのか?」

「もちろん心配だよ。私だって、もし睡蓮が同じようにいなくなったら、こんな風にお前に声をかけることもできないと思う」

 ちらりと晴明は睡蓮を見つめた。いきなり話をふられて、睡蓮は困ったように首をかしげた。

「晴明様……」