「どういうこと?」

「先代の後宮では、勢力争いで暗殺や毒殺は横行しておりました。複数の妃をおけば、それだけ争いがひどくなるのは目に見えております。ですから晴明様は、妃を一人だけ置くことで、その勢力争いをなくそうとなされているのです」

「それで、皇太子の頃から妃を選ばれていなかったのね」

 紅華は、ようやくその理由を知った。つくづく優しい人だと、ため息が出る。

「はい。ただ、今までの後宮とあまりにもありようが違う話なので、いまだ議会では賛成を得られておりません。ですので、すでに次の妃嬪を、という話もでているようでございますが、おそらく陛下は了承しないでしょう」

「そうなの……」

 もともと後宮とは、皇帝の血筋を残すために何人何十人もの寵姫を抱える場所だ。そこに一人だけ、とは、晴明も思い切ったものだ。

 そう思うと同時に、晴明らしいな、と紅華は思う。紅華に対して、これから親しくなっていきたいと誠実に言った彼なら、何十人もの美妃を抱えて寵を競わせるより、一人だけを大事に愛していく方がずっと似合う。

 つらつらと考えてきた紅華は、ふと気づいた。

 ということは、紅華はそのたった一人の妃となるのだろうか。

 あの晴明が、自分だけを優しく愛してくれる。

(どうしよう。それはちょっと嬉しいかも)

 それこそ、紅華が望んだ愛し愛される結婚生活が手に入るのではないか。

「本当に」

 紅華が胸をドキドキさせていると、後ろから睡蓮の声が聞こえた。

「そのたった一人の妃様が紅華様で、良かったです。晴明様は幸せですね」

「そ、そうかしら?」

 少しばかり興奮していた紅華は、その時の睡蓮の表情を見逃してしまった。

  ☆

「陛下の、おなりです」

 声がかかって、広間にいた諸侯と官吏たちは、ざ、と頭を下げる。

(失敗……だったか)

 男は、心の中で舌打ちをする。

(すり替えた毒入りを確かに口にしたと連絡が来たのに……運のよい方だ。まあいい。たとえ死なずに済んだとしても、あの薬は神経毒だ。しびれが残れば、一刻の間はろくにしゃべることもできまい)

 まともな対応もできないと諸侯に広く知られれば、皇帝として不適格だと誰もが思うだろう。それだけでも、晴明を皇帝から引きずり下ろす要因にはなりえる。

 頭を下げた先を皇帝が過ぎていく。力強い衣擦れの音に、男は、おや、と疑問を感じる。それは、とても毒に侵された人間の動きではない。

「黎晴明だ。この度、陽可国新皇帝として即位した。顔をあげよ」

 凛とした声に、男は愕然とする。

(馬鹿な?!)

 普段のなよなよしい影は欠片も見えず、そこには堂々とした陽可国の皇帝がいた。

 晴明は、いつもそうだ。普段はいっそ気が弱いかと思うほどに穏やかな性格なのに、こういった正式の場で晴明の放つ威厳は、晴明反対派の自分でさえも自然と頭が下がるほどに雄々しい。まるで、前龍可皇帝そのものに。

(くっ……しょせん、見掛け倒しにすぎん。普段の様子を知らん奴が騙されているだけだ)

 男は、拳を握りしめた。

(……次こそは……)