「あ、いえ……おいしそうなお饅頭ね。こちらの白いものは初めて見るわ」
(見間違いだったのかしら……?)
困惑した紅華は何も聞くことができず、目の前に置かれた菓子に目を移す。
大皿には、一口大でまだほかほかと湯気のたつ饅頭が盛られていた。それと紅華と晴明の前に、白く水っぽいものが入った小皿が置かれている。
「こちらは、杏子の種を砕いて牛の乳と砂糖を加えたものです。今日の紅華様のおやつに用意していたものでしたので、ちょうどよいと思ってお持ちいたしました」
それは、白くてまるで豆腐のような食べものだった。添えられた匙ですくって食べてみると、あっさりとした甘さが口の中に広がる。
「おいしい」
「これは、薬膳の一種で体にもよい。私の一番好きな菓子だ。……覚えていてくれたんだね、睡蓮」
嬉しそうに言った晴明に睡蓮は、何もいわずに頭を下げただけだった。
(一体、この二人の間に何があったんだろう……)
睡蓮と晴明の態度に、天明の事。次々に疑問が増えていく。
居心地悪く紅華がその菓子を食べていると、ふいに、饅頭を食べていた晴明が顔をこわばらせた。その様子に気づいて、紅華はいぶかし気に首をかしげる。
「晴明様?」
「紅華殿、これは手をつけないで」
睡蓮も、何かに気づいたように小さく声をあげた。
「陛下……!」
「騒がないで」
そう言った晴明の顔が、じわりと白くなっていく。遅ればせながら、紅華も晴明の様子がおかしいことに気づいた。
「お顔の色が……」
「心配しないで、紅華殿。私は、少し執務室で休むから。睡蓮、すぐにここを片付けて」
言いながら晴明は、残った饅頭を手早く手巾に包むと睡蓮に渡した。
「これを、氾先生に」
「氾先生……ですか?」
「ああ。私から、と言えばわかる。頼むよ」
微笑む晴明の額には、脂汗が浮かんでいた。その顔を見つめる睡蓮の顔も青ざめている。
「すぐ典医を呼んでまいります」
「いや、必要ない。代わりに彼を呼んでくれ」
「でも」
「頼む」
「……わかりました」
硬い声で答えると、睡蓮は身をひるがえした。
「お送りいたします」
紅華は、立ち上がった晴明の腕をとった。
「紅華殿、私は一人でも……」
「こうやって寄り添っていれば、仲睦まじい夫婦に見えますでしょう?」
どうやら晴明は騒ぎ立てたくないようだ。そう悟った紅華は、一見甘えているように晴明に寄り添ってその体を支えた。
「……ありがとう」
紅華の意図を察して、晴明はおとなしく紅華に寄り添った。
「毒、ですね」
耳元で囁くと、晴明は、ああ、と小さく頷いた。
「本当にお医者様をお呼びにならなくてよろしいのですか?」
「医者は……典医はだめだ」
「え?」
「いや、なんでもない。すぐ気づいたから少量しか摂取してないし、この毒なら私には耐性がある」
「なんの毒か、わかるのですか?」
驚いたような紅華に、晴明は笑んだ。
「だいたいはね。これくらいなら、命にさわるほどのものじゃない。痺れてはいるけど、少し休めば、すぐ楽になるはずだよ」
そう言われても、紅華は気が気でない。大丈夫と言いながら、晴明の動きはぎこちないし話す言葉も途切れがちだ。
「この後の謁見は、おとりやめになりますか?」
「そうはいかない。陽可国の皇帝として、大事な行事なんだ」
「でも、そのご様子では」
「大丈夫。ああ、その扉。そこが、私の執務室だ」
そう言った息も、少し上がってきている。紅華が扉をあけると、中には連絡を受けた天明が一人で待っていた。二人の姿を見て、長椅子から素早く立ち上がる。
「大丈夫か、晴明」
「天明……悪い」
「苦しそうだな。こっちに横になれ。今、睡蓮が解毒剤を持ってくる」
晴明を案じるその姿に、紅華は内心驚いていた。普段の軽薄な態度からは想像もできないくらい、その顔は真剣だ。よほど晴明のことを心配していたのだろう。
(見間違いだったのかしら……?)
困惑した紅華は何も聞くことができず、目の前に置かれた菓子に目を移す。
大皿には、一口大でまだほかほかと湯気のたつ饅頭が盛られていた。それと紅華と晴明の前に、白く水っぽいものが入った小皿が置かれている。
「こちらは、杏子の種を砕いて牛の乳と砂糖を加えたものです。今日の紅華様のおやつに用意していたものでしたので、ちょうどよいと思ってお持ちいたしました」
それは、白くてまるで豆腐のような食べものだった。添えられた匙ですくって食べてみると、あっさりとした甘さが口の中に広がる。
「おいしい」
「これは、薬膳の一種で体にもよい。私の一番好きな菓子だ。……覚えていてくれたんだね、睡蓮」
嬉しそうに言った晴明に睡蓮は、何もいわずに頭を下げただけだった。
(一体、この二人の間に何があったんだろう……)
睡蓮と晴明の態度に、天明の事。次々に疑問が増えていく。
居心地悪く紅華がその菓子を食べていると、ふいに、饅頭を食べていた晴明が顔をこわばらせた。その様子に気づいて、紅華はいぶかし気に首をかしげる。
「晴明様?」
「紅華殿、これは手をつけないで」
睡蓮も、何かに気づいたように小さく声をあげた。
「陛下……!」
「騒がないで」
そう言った晴明の顔が、じわりと白くなっていく。遅ればせながら、紅華も晴明の様子がおかしいことに気づいた。
「お顔の色が……」
「心配しないで、紅華殿。私は、少し執務室で休むから。睡蓮、すぐにここを片付けて」
言いながら晴明は、残った饅頭を手早く手巾に包むと睡蓮に渡した。
「これを、氾先生に」
「氾先生……ですか?」
「ああ。私から、と言えばわかる。頼むよ」
微笑む晴明の額には、脂汗が浮かんでいた。その顔を見つめる睡蓮の顔も青ざめている。
「すぐ典医を呼んでまいります」
「いや、必要ない。代わりに彼を呼んでくれ」
「でも」
「頼む」
「……わかりました」
硬い声で答えると、睡蓮は身をひるがえした。
「お送りいたします」
紅華は、立ち上がった晴明の腕をとった。
「紅華殿、私は一人でも……」
「こうやって寄り添っていれば、仲睦まじい夫婦に見えますでしょう?」
どうやら晴明は騒ぎ立てたくないようだ。そう悟った紅華は、一見甘えているように晴明に寄り添ってその体を支えた。
「……ありがとう」
紅華の意図を察して、晴明はおとなしく紅華に寄り添った。
「毒、ですね」
耳元で囁くと、晴明は、ああ、と小さく頷いた。
「本当にお医者様をお呼びにならなくてよろしいのですか?」
「医者は……典医はだめだ」
「え?」
「いや、なんでもない。すぐ気づいたから少量しか摂取してないし、この毒なら私には耐性がある」
「なんの毒か、わかるのですか?」
驚いたような紅華に、晴明は笑んだ。
「だいたいはね。これくらいなら、命にさわるほどのものじゃない。痺れてはいるけど、少し休めば、すぐ楽になるはずだよ」
そう言われても、紅華は気が気でない。大丈夫と言いながら、晴明の動きはぎこちないし話す言葉も途切れがちだ。
「この後の謁見は、おとりやめになりますか?」
「そうはいかない。陽可国の皇帝として、大事な行事なんだ」
「でも、そのご様子では」
「大丈夫。ああ、その扉。そこが、私の執務室だ」
そう言った息も、少し上がってきている。紅華が扉をあけると、中には連絡を受けた天明が一人で待っていた。二人の姿を見て、長椅子から素早く立ち上がる。
「大丈夫か、晴明」
「天明……悪い」
「苦しそうだな。こっちに横になれ。今、睡蓮が解毒剤を持ってくる」
晴明を案じるその姿に、紅華は内心驚いていた。普段の軽薄な態度からは想像もできないくらい、その顔は真剣だ。よほど晴明のことを心配していたのだろう。