「今日は宮城からの使者がくるから、おとなしくしていろと言っただろう」

「はい、と言った覚えはありません」

 どっしりと椅子に腰かけて言った蔡汀州の前で、立ったままの紅華は、ぷい、とそっぽを向く。

 ただでさえ失恋の痛手に落ち込んでいるのだ。この上、父親のつまらない説教など聞きたくもなかった。

 なにがあったのか、埃まみれで髪を乱し怒り心頭で帰ってきた娘をしげしげと見ながら、汀州はため息をつく。

「まあいい。お前抜きでも話はついた。お前の後宮入りだが、来月に決まったぞ」

「行く気はありません」

「本当にお前は変わり者だな。後宮の妃に選ばれたとなれば、国中の娘が歓喜するというのに」

 苦笑する汀州に、紅華はかっと目を見開いてその顔を睨みつけた。

「皇帝とはいえ、お父様と同じ歳ではないですか! そんな年寄り、絶対に嫌です! それにもう皇帝陛下には寵妃様が十人だか二十人だかいらっしゃるのに、なんで今更私が?!」

「お前今、父を年寄り扱いしたな」

 遠慮のない娘の言葉に、父は密かに傷ついた。だが、すぐに立ち直って続ける。商人はいつまでもぐずぐずしないものだ。

「陛下は俺と同じでまだまだ活動的なお方だ。それに、以前の後宮といえば、百人もの寵妃がいたらしいぞ」

「そんなはるか昔のことはどうでもいいです! だいたい皇帝なんて輩は、権力をかさにきてわがまま放題のがんこじじぃと相場が決まってるじゃないですか!」

「紅華……普段、一体どんな物語を読んでいるんだ」

「それほど間違ってはいないでしょう? なんで私がそんな(ピー)じじぃに……!」

「お前が、蔡家の一人娘だからだ」

 まただ。その意味をよく理解している紅華は、口をつぐむ。

(どいつもこいつも蔡家蔡家蔡家って! 好きでこの家に生まれたわけではないわ!)

 そうは思っても、さすがにそれを自分の父に言わないだけの分別はある。紅華とて、父や家族が嫌いなわけではない。ただ、常に自分につきまとう蔡家という肩書が嫌なだけだ。

「とはいえ、さすがにこちらもお前の歳を考慮して、最初は皇太子妃として打診したのだがな。それは、宮城から断られた。なぜか知らんが、皇太子妃はまだいらんそうだ」

「若ければいいというわけでもありません!」

「何と言おうと、宣旨が下ったことは動かぬ事実だ。断れば、お前どころか私の首まで吹っ飛ぶ。あきらめるんだな」

 そう言われてしまえば、紅華にはそれ以上何も言う事は出来ない。汀州は嬉しさを隠せない顔で言った。

「これで我が家も、貴族と縁続きか。それも、皇族とは! いや、めでたいめでたい」