「おや? 待っていてくれたとは、嬉しいね」
案の定、そこにいたのは、天明だった。その手には、大きな数本の牡丹を持っている。
「そんなわけないじゃないですか」
「照れた顔もかわいいな」
口の減らない天明に、むっとするも、いつもと変わりなさそうな様子を見て紅華は胸をなでおろした。
「お怪我のご様子は、いかがですか?」
「まだすごい色しているが、薬のおかげか痛みはあまりないな」
「そうですか」
言葉はそっけないが、紅華の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。おそらく無意識だろうその表情を指摘したらまたムキになっておこられそうだったので、天明は気づかないふりをした。
「紅華こそ、怖い思いをさせて悪かったな」
なぜかくつくつ笑う天明を見ながら、紅華は答えた。
「天明様のせいではありませんわ」
「そりゃそうだ。はい、お土産」
渡された牡丹から、甘い香りが漂う。
「どうしたのですか、これ」
「きれいに咲いていたから。昨日の詫びだ」
彼が詫びる必要などないと思うが、せっかく持ってきてくれたのだから、と、紅華は素直にその花をうけとった。
「ありがとうございます。これ、天明様が買ってきてくださったんですか?」
「晴明の真似をして、そこの庭に咲いていたのを勝手に取ってきた。南の庭の牡丹園が、ちょうど見ごろだ」
「牡丹園があるのですか?」
「まだ見てないのか?」
むしろ驚いたように天明が言った。
「はい。ここへきて日が浅いので、まだ後宮の中になにがあるのか、よく知らないのです」
「ならちょうどいい。これから一緒に見に行こう」
「え? でも……」
「決まり。天気もいいし、行くぞ」
勝手に話を進める天明に、紅華は戸惑う。
「そんな急に言われても……」
「見たいときに見に行くのが、一番きれいなときなんだよ。睡蓮は?」
「少し用を頼んであります。じきに戻ると思いますけれど」
「見つかるとまたうるさそうだ。早く出よう」
そう言って天明は紅華の持っていた牡丹を卓の上に置くと、紅華を連れ出した。
(なんて強引な人なのかしら)
なかば呆れながら二人で廊下を歩いていくと、前から来た女官たちがさっと道を空ける。
(ああ、晴明陛下だと思っているのね)
そう思ってちらりと天明を見上げると、さっきまでの気楽な表情とは違ってどこかきりとした涼し気な笑顔を浮かべている。
「紅華殿?」
ふわりと笑うその表情は、まさに晴明そのものだ。これでは、女官たちが晴明と誤解するのも無理はない。というより、天明はわざと誤解させているのだろう。
第二皇子とはいえ男性が後宮に頻繁に顔を出すのはさすがにまずいことくらい、紅華にもわかる。
「便利なお顔ですね。本当に、役にたつこと」
思うところあってそう言った紅華は、その言葉で天明の表情がほんのわずかに曇ったのを見逃さなかった。
「似てはいても、お前は見分けがつくんだろう? なんて言ったって、俺の方が凛々しいからな」
だが、天明は素早く元の笑顔を取り戻した。
おそらく天明は、紅華が聞きたいことに気づいている。なのに話をそらしたという事は、きっと今はまだ聞いても答えてはもらえないだろう。
紅華は小さくため息をついた。
「本物の晴明陛下はお仕事ですか?」
「今頃の時間は、定例朝議を終えて執務室にいる頃だ」
「天明様は、参加されなくてよいのですか?」
「今日は俺が出る予定はないな」
紅華の予想通り、天明もなにかしらの仕事はあるらしい。
「どんなお仕事をなされているのですか?」
「紅華の相手」
「それは今日に限ったことですよね。それに、全く必要のない仕事だと思います」
呆れたように言った紅華に、天明は晴明の顔をしてふわりと微笑む。
「逢引のための時間は、何をおいても必要ですよ、紅華殿。晴明と顔をつきあわせて文書を呼んでいるよりも、かわいいお嬢さんとお花見をしている方がずっと楽しいとは思いませんか?」
爽やかに微笑む様子は晴明とよく似てはいるが、やはり紅華には二人は別人としか思えない。
案の定、そこにいたのは、天明だった。その手には、大きな数本の牡丹を持っている。
「そんなわけないじゃないですか」
「照れた顔もかわいいな」
口の減らない天明に、むっとするも、いつもと変わりなさそうな様子を見て紅華は胸をなでおろした。
「お怪我のご様子は、いかがですか?」
「まだすごい色しているが、薬のおかげか痛みはあまりないな」
「そうですか」
言葉はそっけないが、紅華の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。おそらく無意識だろうその表情を指摘したらまたムキになっておこられそうだったので、天明は気づかないふりをした。
「紅華こそ、怖い思いをさせて悪かったな」
なぜかくつくつ笑う天明を見ながら、紅華は答えた。
「天明様のせいではありませんわ」
「そりゃそうだ。はい、お土産」
渡された牡丹から、甘い香りが漂う。
「どうしたのですか、これ」
「きれいに咲いていたから。昨日の詫びだ」
彼が詫びる必要などないと思うが、せっかく持ってきてくれたのだから、と、紅華は素直にその花をうけとった。
「ありがとうございます。これ、天明様が買ってきてくださったんですか?」
「晴明の真似をして、そこの庭に咲いていたのを勝手に取ってきた。南の庭の牡丹園が、ちょうど見ごろだ」
「牡丹園があるのですか?」
「まだ見てないのか?」
むしろ驚いたように天明が言った。
「はい。ここへきて日が浅いので、まだ後宮の中になにがあるのか、よく知らないのです」
「ならちょうどいい。これから一緒に見に行こう」
「え? でも……」
「決まり。天気もいいし、行くぞ」
勝手に話を進める天明に、紅華は戸惑う。
「そんな急に言われても……」
「見たいときに見に行くのが、一番きれいなときなんだよ。睡蓮は?」
「少し用を頼んであります。じきに戻ると思いますけれど」
「見つかるとまたうるさそうだ。早く出よう」
そう言って天明は紅華の持っていた牡丹を卓の上に置くと、紅華を連れ出した。
(なんて強引な人なのかしら)
なかば呆れながら二人で廊下を歩いていくと、前から来た女官たちがさっと道を空ける。
(ああ、晴明陛下だと思っているのね)
そう思ってちらりと天明を見上げると、さっきまでの気楽な表情とは違ってどこかきりとした涼し気な笑顔を浮かべている。
「紅華殿?」
ふわりと笑うその表情は、まさに晴明そのものだ。これでは、女官たちが晴明と誤解するのも無理はない。というより、天明はわざと誤解させているのだろう。
第二皇子とはいえ男性が後宮に頻繁に顔を出すのはさすがにまずいことくらい、紅華にもわかる。
「便利なお顔ですね。本当に、役にたつこと」
思うところあってそう言った紅華は、その言葉で天明の表情がほんのわずかに曇ったのを見逃さなかった。
「似てはいても、お前は見分けがつくんだろう? なんて言ったって、俺の方が凛々しいからな」
だが、天明は素早く元の笑顔を取り戻した。
おそらく天明は、紅華が聞きたいことに気づいている。なのに話をそらしたという事は、きっと今はまだ聞いても答えてはもらえないだろう。
紅華は小さくため息をついた。
「本物の晴明陛下はお仕事ですか?」
「今頃の時間は、定例朝議を終えて執務室にいる頃だ」
「天明様は、参加されなくてよいのですか?」
「今日は俺が出る予定はないな」
紅華の予想通り、天明もなにかしらの仕事はあるらしい。
「どんなお仕事をなされているのですか?」
「紅華の相手」
「それは今日に限ったことですよね。それに、全く必要のない仕事だと思います」
呆れたように言った紅華に、天明は晴明の顔をしてふわりと微笑む。
「逢引のための時間は、何をおいても必要ですよ、紅華殿。晴明と顔をつきあわせて文書を呼んでいるよりも、かわいいお嬢さんとお花見をしている方がずっと楽しいとは思いませんか?」
爽やかに微笑む様子は晴明とよく似てはいるが、やはり紅華には二人は別人としか思えない。