「紅華様は、どこか痛むところはありませんか?」

 紅華の身を案じる睡蓮が聞いた。

「私は大丈夫。けれど、天明様が」

「別に? 俺も、平気だ」

 平然と天明は答えた。

(嘘ばっかり)

 紅華は天明にとことこと近づくと、背もたれに体を預けたままのその左肩をぽんと叩いた。

「うげっ!」

 ふいうちを食らった天明が、飛び上がりながら叫んだ。

「落ちた天蓋にあたっていたのですね」

「ててて……気づいたのか」

「起こしていただいた時に、左側をかばわれたので、もしや、と」

「天明様、失礼します」

「な……睡蓮! やめろ!」

 睡蓮は天明の衣に手をかけると、くるくるとその服を脱がし始めた。

「何をする! 睡蓮、あ、こら」

 天明は抵抗するが、紅華が指摘した通り片側にうまく力が入らないらしく、あっという間に片袖を引かれて肩がむき出しになった。
 みれば、天明の肩から背中にかけて青くなりかけている。

「やっぱり」

「睡蓮……いくらいい歳だからって、もう少し女性としての照れとか恥じらいとか持ち合わせていないのか。そんなことだから行き遅」

「折れてはなさそうですが、これはかなり痛みますね」

「いててててて!」

 けがをしている方の腕を乱暴に裏表確認されて、天明が再び悲鳴をあげた。どうやら天明の言葉に少しばかり立腹したようだ。

(睡蓮でも怒ることがあるのね)

 紅華は、興味深くその様子を見守った。

「貼り薬を持ってきます。待っていてください」

 出血のある怪我がないことを確認すると睡蓮は、薬をもらうために部屋を出て行った。

「すみません、私がもうちょっと早く気づいていたら避けられたかもしれないのに」

 うなだれる紅華に、服を戻しながら天明が笑う。

「むしろ、晴明じゃないと気づいていたのに、よく助けてくれたな」

「当たり前です。あれ、直撃してたら、下手すれば死んでましたよ」

「そりゃ、殺すためにやったんだろうし」

 天明の言葉に、紅華は、目を見開く。

「え? まさか……あれは、事故、ではないのですか?」

 天明は、ちらりと紅華を見たが、すぐにまた服装を整えるために視線を戻す。

「違う。と、俺は思う」

「一体、誰が……」

「言ったろう。跡目争いなんてめずらしくもないことだ」

「でも、だからって殺すなんて」

「皇帝辞めてください、はいわかりました、なんてお行儀よく話がつくと思うか? ぐだぐだ言わせずに死んでもらうのが一番手っ取り早いだろう」

「でも……ということは」

「うん?」

 青ざめた紅華は、次の言葉をためらった。天明は、だまって紅華を見つめている。

「その理屈で言ったら、陛下を狙ったのは次の皇帝になれる……天明様が一番怪しいのではないですか?」

 陽可国は長子が皇位を継ぐことになっている。第一皇子の晴明が皇帝になりその子がない今、皇太子は第二皇子の天明だ。

 紅華の言葉に天明は大きく目を見開くと、声を上げて笑い出した。

「そうだな。そうか、俺が晴明を殺そうとしたのか。なるほど」

 紅華は、小さくため息をついた。

「違いますよね。もしそうならそんな怪我を負うわけないし……もしかして、天明様も同じように命を狙われたりしています?」

 楽しそうにくつくつと笑いながら天明は続けた。

「さあ、どうかな。それより、晴明を殺そうとして死んだのが俺じゃ、皇帝暗殺をたくらんだやつらもさぞ拍子抜けするだろうな」

「そんなことを言って。一歩間違えば、こうして笑っていることなどできなかったのですよ?」

「その時はその時だ」

「死んでしまったら取り返しがつきません!」

「なあ、紅華」

 いきなり呼び捨てにされて、紅華はびくりと体をこわばらせた。ひじ掛けに片腕をついて、天明は薄く笑っている。

 その表情は、同じ顔をしていても晴明とは全く違うように紅華には見える。まっすぐに見つめてくる細い目を、紅華は怖いと思うと同時に、美しいとも思ってしまった。

(この人は……何を考えているのだろう)

 自分の死すらもまるで玩具の一つとしか考えていないような天明に、紅華は胸をざわつかせた。