素早く椅子から立ち上がった紅華は、上を気にしながら晴明に手を伸ばす。気づいた晴明も紅華の視線を追って天井を見上げた。

 その瞬間、二人の視線の先でその天蓋ががくりと傾いて落下を始めた。とっさに晴明は自分を押し飛ばそうとした紅華の手を引いて胸に抱え込むと、横に飛びすさって倒れ込む。間一髪、二人のいた場所に、天蓋が落ちて派手な音を立てた。きらびやかな破片が、あちこちに飛び散る。

「っ!」

「陛下!?」

「陛下!!」

 場が騒然とした。

「ご無事ですか?!」

 そばに控えていた衛兵や宰相が晴明をとりかこむ。晴明は、両手を床について少し体を起こすと、自分の真下にいた紅華に声をかけた。

「大丈夫だ。紅華殿は?」

「私も、大丈夫です」

(近い……!)

 体が密着した状態になった紅華は、すぐ目の前にある晴明の顔に、そんな場合ではないとわかっていても鼓動が跳ねる。全身に感じる体の重みは、苦しく思うほどではないが意外にずっしりとしていた。

「よかった」

 そう言ってするりと起き上ると、晴明は手をひいて紅華を起こす。その仕草に、ふと紅華は晴明を見上げた。

 晴明は厳しい顔であたりに集まった官吏たちを見回した。

「さわぐな。官吏たちは下がらせて、すぐにここを片付けろ」

「陛下はこちらへ」

 宰相が、指示を別の官吏にまかせて、いそいで晴明と紅華を裏の扉へと誘導する。

 広間を出る時に振り返った紅華は、あれほど綺麗だった天蓋がばらばらになっているのを目にした。幸い気づいてよけることができたが、直撃されていたらただの怪我ではすまなかったかもしれない。今さらながらに背筋が冷たくなる。

「陛下、紅華様」

 別室で控えていた睡蓮が、青い顔で走り寄ってきた。心配する睡蓮を連れて、四人は近くの一室に入る。

「陛下、お怪我は」

 部屋に入ると、心配そうに宰相が聞いた。

「心配するな、翰林。俺だ」

 晴明のふりをやめた天明が、大きく息を吐きながら長椅子に座る。それを聞いた宰相は、すばやく紅華と睡蓮に視線を飛ばす。睡蓮が無言でうなずくと、宰相は急に態度を変えて天明に向いた。

「お前か。今日は、晴明陛下ご本人のはずではなかったか?」

「あれだけ大勢の前に出るのは危険だろう。最近、頻繁だったからな」

「だったら、せめて私には変更のあったことを知らせておけ」

「まだ、俺たちの見分けがつかないのか」

「ついたら大変だろう。だいたい、前陛下でさえできなかったんだ。見分けのつくものなど、いるものか」

「……そうだな」

 天明は、ちらり、と紅華を見た。それに気づかずに、宰相は部屋を出ようとする。

「すぐ、典医を呼ぶからおとなしくしてろ」

「必要ない」

 宰相は、足をとめて振り向いた。

「だが」

「けがもないし、少し休めば大丈夫だ」

「……本当にいいのか?」

「ああ」

「では、ここで少し休むがいい。私は陛下のところに行ってくる。蔡貴妃様」

 宰相は、紅華に向き直る。

「お騒がせをいたしました。落ち着いたようでしたら、よろしければお部屋まで送らせましょう」

 紅華は天明の様子をうかがう。すました顔をしているが、その額には脂汗が浮かんでいた。

「わたくしも、もう少し休んでから戻ります」

「かしこまりました。睡蓮、蔡貴妃を頼んだぞ」

「はい」

 そう言うと、宰相はもう一度天明の様子を一瞥してから部屋から出て行った。