お互いの近況など他愛もない話をしたあと、晴明は腰を上げた。
「今日は、紅華殿のことをいろいろ聞けて楽しかった。そろそろ時間なので、失礼するよ」
紅華も、晴明を見送るために立ち上がる。
「朝議ですか?」
「ああ。朝議のあとは、父上の墓前参りだ」
新皇帝の陵墓参りは、一週間の間続く。それが終わると魂上げの儀式があって、ようやく民衆も墓前参りができるようになるのだ。
「あの……私も同行してよろしいでしょうか?」
「紅華殿が?」
「はい。前皇帝陛下の葬儀は密葬だったので、正式な妃でない私は参列できませんでした。ですが、本当なら夫となるはずだった方です。なにより、晴明陛下のお父上であられますので、墓前ですがきちんとご挨拶をしたいのです」
紅華の言葉を、晴明はなぜが驚いたように聞いていた。わずかな沈黙の後、晴明が嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。ただ、まだ私と一緒に正式な墓前参りをするわけにはいかないから、天明に頼んでおく。あとでこちらに寄こすから、一緒に行ってくるといい」
「天明様、ですか?」
先日の天明とのやり取りを思い出して、紅華はげんなりとする。そんな紅華の様子には気づかずに、晴明は力強く頷いた。
「彼なら、安心して紅華殿を任せられる」
「え……そうなのですか?」
「ああ。私が誰よりも信頼している男だからね」
紅華は目を丸くする。
晴明がそこまで言うなら、よほど二人の間には強い結びつきがあるのだろう。しかし、紅華の中では天明の評価は高くない。というより、かなり低い。ゆえに、あまりに晴明が彼に信頼をおいていることが心配にもなってしまう。
(晴明陛下、騙されてない?)
けれど、にこにこと笑顔で言う晴明に、そんなつっこみはできない。
「わかりました。よろしくお願いいたします」
「ふふ。紅華殿は、やっぱり天明の言った通り、良い人だね」
「……おそれながら、一体どのようなことをお聞き及びなのでしょうか」
「たいしたことじゃないし、心配しなくても悪口でもないよ」
「はあ……」
では、と言い置いて、晴明は戻っていった。
(何を話したのかしら、あの男)
どうやら悪いことではないらしいが、あんな醜態を見せてしまったあとでとても褒め言葉が出たとは思えない。
(悪口言われたならわかるけど)
もんもんとする紅華は、入れ替わりに戻ってきた睡蓮が、お茶を片付けている様子を、じ、と見つめていた。
後宮に来て三日。その間、睡蓮はかいがいしく紅華の世話をしてくれた。細やかに気遣ってくれるその様は、ただ女官長としての責務を果たしているだけとは見えない。おそらく誠実な性格なのだろうということは、紅華にもよくわかる。
その睡蓮が、なぜ、晴明にだけそっけない態度をとるのだろう。思い返してみれば、宰相の部屋で初めて二人に会った時もその様子に違和感を感じていた。
もしも睡蓮が晴明のことを嫌っているのなら、やはり晴明にはなにかしらの問題があるのではないだろうか。
それが気になっていて、晴明を信じ切れないのも確かだ。
紅華は、思い切って聞いてみることにした。
「ねえ、睡蓮。晴明様って、お優しい方ね」
「はい、とてもお優しい方ですよ」
振り向いた睡蓮は、笑顔で答えた。
「今日は、紅華殿のことをいろいろ聞けて楽しかった。そろそろ時間なので、失礼するよ」
紅華も、晴明を見送るために立ち上がる。
「朝議ですか?」
「ああ。朝議のあとは、父上の墓前参りだ」
新皇帝の陵墓参りは、一週間の間続く。それが終わると魂上げの儀式があって、ようやく民衆も墓前参りができるようになるのだ。
「あの……私も同行してよろしいでしょうか?」
「紅華殿が?」
「はい。前皇帝陛下の葬儀は密葬だったので、正式な妃でない私は参列できませんでした。ですが、本当なら夫となるはずだった方です。なにより、晴明陛下のお父上であられますので、墓前ですがきちんとご挨拶をしたいのです」
紅華の言葉を、晴明はなぜが驚いたように聞いていた。わずかな沈黙の後、晴明が嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。ただ、まだ私と一緒に正式な墓前参りをするわけにはいかないから、天明に頼んでおく。あとでこちらに寄こすから、一緒に行ってくるといい」
「天明様、ですか?」
先日の天明とのやり取りを思い出して、紅華はげんなりとする。そんな紅華の様子には気づかずに、晴明は力強く頷いた。
「彼なら、安心して紅華殿を任せられる」
「え……そうなのですか?」
「ああ。私が誰よりも信頼している男だからね」
紅華は目を丸くする。
晴明がそこまで言うなら、よほど二人の間には強い結びつきがあるのだろう。しかし、紅華の中では天明の評価は高くない。というより、かなり低い。ゆえに、あまりに晴明が彼に信頼をおいていることが心配にもなってしまう。
(晴明陛下、騙されてない?)
けれど、にこにこと笑顔で言う晴明に、そんなつっこみはできない。
「わかりました。よろしくお願いいたします」
「ふふ。紅華殿は、やっぱり天明の言った通り、良い人だね」
「……おそれながら、一体どのようなことをお聞き及びなのでしょうか」
「たいしたことじゃないし、心配しなくても悪口でもないよ」
「はあ……」
では、と言い置いて、晴明は戻っていった。
(何を話したのかしら、あの男)
どうやら悪いことではないらしいが、あんな醜態を見せてしまったあとでとても褒め言葉が出たとは思えない。
(悪口言われたならわかるけど)
もんもんとする紅華は、入れ替わりに戻ってきた睡蓮が、お茶を片付けている様子を、じ、と見つめていた。
後宮に来て三日。その間、睡蓮はかいがいしく紅華の世話をしてくれた。細やかに気遣ってくれるその様は、ただ女官長としての責務を果たしているだけとは見えない。おそらく誠実な性格なのだろうということは、紅華にもよくわかる。
その睡蓮が、なぜ、晴明にだけそっけない態度をとるのだろう。思い返してみれば、宰相の部屋で初めて二人に会った時もその様子に違和感を感じていた。
もしも睡蓮が晴明のことを嫌っているのなら、やはり晴明にはなにかしらの問題があるのではないだろうか。
それが気になっていて、晴明を信じ切れないのも確かだ。
紅華は、思い切って聞いてみることにした。
「ねえ、睡蓮。晴明様って、お優しい方ね」
「はい、とてもお優しい方ですよ」
振り向いた睡蓮は、笑顔で答えた。