「晴明なんてつまらないぜ? 俺の方が一緒にいて楽しいと思うけど」
「つまるつまらないの問題ではありません。どうか、おとといいらっしゃって?」
「ははっ、本当にお前は面白い奴だな」
「いい加減になさいませ、天明様」
様子を見ていた睡蓮が口をはさんだ。
「貴妃様に無闇に絡まないでください」
天明は、軽く肩をすくめた。
「こんなおもしろいおもちゃ、いじらない手はないだろう?」
「誰がおもちゃですってぇ?!」
「さ、蔡貴妃様!」
天明に飛びかかろうとする紅華を、睡蓮があわてて止めた。それを天明は楽しそうに眺めている。
「思ったのと違ったが、予想以上に俺好みのお嬢さんだ。本気でお前が欲しくなったよ」
「初対面で人のことお前だなんて呼ぶ人とは仲良く出来ません! 陛下の兄弟なら仲良くしていきたいと思ったけど、誰があんたなんか! 馬鹿にするのもいい加減に……!」
紅華が睡蓮に止められてじたばたしていると、三人の耳にほとほとと扉を叩く音が聞こえた。
「は、はい」
暴れるのをやめた紅華から手を離して、睡蓮が扉を開ける。そこには、天明と同じ顔をした男が立っていた。
「晴明陛下」
紅華はあわてて裾をはらうと、晴明に向かって礼をとる。晴明は、先ほどの喪服ではなく、普段着を着ていた。
晴明は、にこりと笑う。
「こんにちは、紅華殿。さきほどは……」
言いかけた晴明が、紅華の背後を見て目を丸くした。
「よう、晴明」
「て……!」
なぜか晴明はうろたえて、睡蓮と天明を見比べる。睡蓮があきらめたようにうなずくと、それで察した晴明は大きくため息をついた。
「姿が見えないと思ったら、ここにいたのか」
「未来の貴妃様にご挨拶を」
「すみません、紅華殿。……弟がご迷惑をおかけいたしました」
「いえ……」
さきほど天明に激昂し暴れてしまったことを思い出して、紅華は頬を赤らめる。それを天明はにやにやと見ていた。
「このお嬢さんは、なかなか味があっていいぞ、晴明」
「何をしたんだ、お前」
「俺は何もしていないが、貴妃殿が……」
「あの、それで、晴明陛下はなにか私にご用事でしたでしょうか?」
あわてて天明の言葉を遮った紅華に問われて、晴明は我に返った。
「ああ、そうでしたが、さて……」
そう言うと、しばらく何やら思案していたが、やがて何かをあきらめたようにため息をついた。そして、持っていた手巾から小さな花を一輪取り出して紅華に渡す。
「これは……菫ですか?」
「ええ。内宮の入り口のところに咲いていたのです。可愛らしいと思って摘んできたのですが……貴妃への最初の贈り物としては失礼だったでしょうか」
急に恥ずかしくなったのか、照れたように笑う晴明に、紅華は戸惑いながら首を振った。
「いいえ……いいえ。とても嬉しいですわ」
紅華は、じっとその紫の花を見つめる。
紅華の婚約者になるために、見合いをした男たちは様々な贈り物をしてきた。そのどれもが高価で美しいものだったが、おそらく本人たちは何が紅華に贈られたのかなどと知らないだろう。全ては家同士で行われていたから。
だから、可愛いと思って、という自分の意思で菫を持ってきてくれた晴明の言葉に、紅華はいたく感動した。
(いいえ、わからないわ。私を懐柔するための演技とも限らないし)
もし今の言葉が本心なら、おそらく心優しい皇帝なのだろう。だから紅華は、その行動を信じ切れない自分を少しだけ悲しいと思った。
(でも、花に罪はないわよね)
「つまるつまらないの問題ではありません。どうか、おとといいらっしゃって?」
「ははっ、本当にお前は面白い奴だな」
「いい加減になさいませ、天明様」
様子を見ていた睡蓮が口をはさんだ。
「貴妃様に無闇に絡まないでください」
天明は、軽く肩をすくめた。
「こんなおもしろいおもちゃ、いじらない手はないだろう?」
「誰がおもちゃですってぇ?!」
「さ、蔡貴妃様!」
天明に飛びかかろうとする紅華を、睡蓮があわてて止めた。それを天明は楽しそうに眺めている。
「思ったのと違ったが、予想以上に俺好みのお嬢さんだ。本気でお前が欲しくなったよ」
「初対面で人のことお前だなんて呼ぶ人とは仲良く出来ません! 陛下の兄弟なら仲良くしていきたいと思ったけど、誰があんたなんか! 馬鹿にするのもいい加減に……!」
紅華が睡蓮に止められてじたばたしていると、三人の耳にほとほとと扉を叩く音が聞こえた。
「は、はい」
暴れるのをやめた紅華から手を離して、睡蓮が扉を開ける。そこには、天明と同じ顔をした男が立っていた。
「晴明陛下」
紅華はあわてて裾をはらうと、晴明に向かって礼をとる。晴明は、先ほどの喪服ではなく、普段着を着ていた。
晴明は、にこりと笑う。
「こんにちは、紅華殿。さきほどは……」
言いかけた晴明が、紅華の背後を見て目を丸くした。
「よう、晴明」
「て……!」
なぜか晴明はうろたえて、睡蓮と天明を見比べる。睡蓮があきらめたようにうなずくと、それで察した晴明は大きくため息をついた。
「姿が見えないと思ったら、ここにいたのか」
「未来の貴妃様にご挨拶を」
「すみません、紅華殿。……弟がご迷惑をおかけいたしました」
「いえ……」
さきほど天明に激昂し暴れてしまったことを思い出して、紅華は頬を赤らめる。それを天明はにやにやと見ていた。
「このお嬢さんは、なかなか味があっていいぞ、晴明」
「何をしたんだ、お前」
「俺は何もしていないが、貴妃殿が……」
「あの、それで、晴明陛下はなにか私にご用事でしたでしょうか?」
あわてて天明の言葉を遮った紅華に問われて、晴明は我に返った。
「ああ、そうでしたが、さて……」
そう言うと、しばらく何やら思案していたが、やがて何かをあきらめたようにため息をついた。そして、持っていた手巾から小さな花を一輪取り出して紅華に渡す。
「これは……菫ですか?」
「ええ。内宮の入り口のところに咲いていたのです。可愛らしいと思って摘んできたのですが……貴妃への最初の贈り物としては失礼だったでしょうか」
急に恥ずかしくなったのか、照れたように笑う晴明に、紅華は戸惑いながら首を振った。
「いいえ……いいえ。とても嬉しいですわ」
紅華は、じっとその紫の花を見つめる。
紅華の婚約者になるために、見合いをした男たちは様々な贈り物をしてきた。そのどれもが高価で美しいものだったが、おそらく本人たちは何が紅華に贈られたのかなどと知らないだろう。全ては家同士で行われていたから。
だから、可愛いと思って、という自分の意思で菫を持ってきてくれた晴明の言葉に、紅華はいたく感動した。
(いいえ、わからないわ。私を懐柔するための演技とも限らないし)
もし今の言葉が本心なら、おそらく心優しい皇帝なのだろう。だから紅華は、その行動を信じ切れない自分を少しだけ悲しいと思った。
(でも、花に罪はないわよね)