「いや、いい」
「でも……!」

彼の手から逃れようとしても、力強く手首を掴まれておりびくともしない。

「呼んだところでどうしようもねぇ。じっとしてれば治る」

先ほどよりも色が落ち着き、金混じりのグレーになった虹彩。
彼の言葉は本当だろうと判断して、紗里は手を振り払おうとするのをやめた。

「それなら……あそこにベンチがあるので、横になってください。私は水かスポーツドリンクを買ってくるので」
「いらん。おまえもこっちに来い」
「えっ」

幾分かしっかりした足取りでベンチに向かう悠永に引っ張られ、紗里も着席する。

「……本当に、大丈夫なんですか?」
「ああ」

何か考え事をしているのか、難しい顔の悠永は、やがて紗里の手を離す。しかし五秒ほどして眉間に皺を寄せると、再び手を掴んだ。

「あの……?」

怪訝そうな顔で手をじっと見られ、落ち着かない。

困惑している紗里をよそに、悠永は手を握ってみたり、自分の額に当てたりして、「ん……?」と、また何かを考え込んだ。

「おまえ、零力だったやつだろ? なんともないのか?」

零力という言葉で反射的に渋い顔になる紗里だが、彼には馬鹿にするような感じがなく、純粋な疑問として尋ねられたとなんとなく察する。

「なんとも、とは」
「今、こうしてて」
「……? 別に、なんともないです」

強いて言うなら、よくわからない状況に困惑はしている。
けれど、異常などは特にないので、紗里は首を横に振った。

「へぇ。じゃあ、もうちょいこっち」

手招きされて、よくわからないままに近づいた紗里の身体は、あっという間に悠永の大きな身体に包まれた。

──抱きしめられている。

そう理解して、困惑を通り越した紗里は、軽いパニック状態に陥った。

「あ、ああああの……!?」
「うるせぇ。なんだこれ……」

この状況が一体なんなのか聞きたいのは紗里の方だ。

しかし、加害してくるつもりはなく、何かを確かめているような彼の様子を感じ取り、沈黙と硬直を選んだ。