それは優しく、けれども強く、やわらかく、のびやかに、耳に届きました。緊張した人々の上を、疲れ切った兵達の中を、そして若い皇帝の猛々しい心の内を、流れて行きました。
 そして皇帝は少女を見つけました。
 血と泥で汚れた鎧を着た彼の姿とは反対に、陽だまりの中、やわらかな緑色のドレスをまとってたたずんでいました。肩にたらした金色の髪が冠のようでした。何一つ飾りをつけていない姿は、けれどもまばやく輝くようでした。
 ほっそりとした姿はまるで小鳥のようだと、皇帝は思いました。
 少女はふとこちらに顔を向け、口を閉ざしました。人々を包んでいた歌声は途絶え、皇帝はひどく残念に思いました。皇帝はそう思った自分に驚きましたが、それは不愉快な感情ではありませんでした。
「さて」
 声をかけると、姫君はまっすぐに皇帝を見ました。。
 その瞳は、深いガラス玉のような青色でした。澄んでいて、誰もが恐れる皇帝の視線をも受け流してしまうような、無力で、そしてとても清い瞳でした。
 こんな目の人には会ったことがない。皇帝は思いました。皇帝をこんなふうに見返してくる人は、今までいませんでした。けれども決して、皇帝の瞳を捕らえて絡み合うことのない視線。それで、噂に聞く美しい歌声の姫君のことを思い出しました。この姫君は自分を見ていないのだと。その瞳は皇帝の顔を映していますが、姫君には皇帝は見えていませんでした。
 身分の高い人に目線をあわせるのは失礼なことです。それでなくても、誰もが皇帝を恐れて真正面から顔を向けたりはしません。それでも姫君がしっかりと皇帝の方を向いたのは、見えないから皇帝のことを分かっていない、というわけではありませんでした。
 姫君は、敗れた国とはいえ、小さな国とはいえ、一国の姫君らしく誇り高く顔を上げていました。
「麗しき姫君。お出迎えくださったのか」
 はきはきと強い皇帝の声に、後ろを従ってきた大臣たちは縮み上がってしまいましたが、姫君は美しい顔を上げたまま、ゆっくりと応えました。
「この国の、新しき主の姿を、確認したく思いましたので」
 たとえ歌っていなくても、姫君の声は、とても穏やかに皆の耳に入ってきました。見えることのかわりに与えられた贈り物かと、皇帝は思いました。姫君は、その声を少し強くして言います。
「どうか、この国の人々を、苦しめることがありませんよう」