「で、お勤めの帰りに君を見付けて現在に至る、と」
「は、はあ。何と申しますか…とても果断な決断をされたのですね」
彼は感心して頷いた。因みに人の姿である。彼女が「話をするにしても、刀のままというのもどうかと思うから」と人間の姿に顕現してくれたのだ。彼女が鏡を見せてくれたので自分の姿がわかったのだが、10代半ばから後半の青少年の姿である。彼女曰く「持ち主の個性や君自身の来歴を統合した上で、最も相応しい姿になったのでしょうね。私は外見及び外見年齢を操作もしくは調節できる訳ではないので」との事だった。
彼は彼女と向き合う部屋の中を、改めてぐるりと見回した。
「ではここはもしや、貴方様の神域なのですか?」
「ですよ。錆っび錆び状態をどうにかするのも意思疎通をするのも、ここが一番丁度いいと思いましたので」
やはり何の事も無さそうに答えた彼女は「で」と口調を改めた。
「君はこれからどうします?持ち主の所に帰りたいなら、さっきも言った事になりますけど、一番近い御山まで案内しますけど。『今を生きる人類』である私が冥界に入る事までは、流石にできませんが…。まあ冥界は広いでしょうけど、事情を話して地道に探していけば、持ち主ご本人なり、生まれ変わった先なりを突き止めて再会する事は叶うでしょう」
恐ろしく淡々とした物言いだが、彼女の口調には誠意が感じられたし、何より何処までも手厚く彼の面倒を見ようとしてくれている事が、彼にはわかった。
しかし彼は居住まいを正し、きっぱりと首を横に振る。
「いえ。お気持ちは大変嬉しいですが、ここまでして頂いて何もお返ししないのは、武士の名折れ。わたくしは名も無き志士に使われた若輩ですが、端くれとは言え侍でございます」
「動乱の幕末を駆け抜けてきたんですね」
彼女の口調は優しく、労わる響きがあった。彼は目頭が熱くなるのを感じたが、ぐっと堪える。座布団から畳へと身を移して両手を床につき、頭を下げる。
「ただ朽ち行くばかりであった所を、こんなにも立派な姿にして頂いたのです。どうか恩返しをさせて下さいませ。願わくば、貴方様を主と戴き、お仕えしたく存じます」
「とりあえず、頭を上げて下さい」
言われて彼は躊躇いつつも頭を上げる。座布団に戻るように言われて座り直した。勧められて、お茶に口を付ける。そんな彼を前に、彼女は考えるような表情を見せていたが、ふと口を開いた。
「この神社は縁結びの神社ですが、先程も言った通り、私の方針は変わっていましてね。『良いご縁とは悪縁を切ってこそ』を前提にしています」
「は、はあ」
確かにそう言っていた。だが縁結びなのに縁切りとはこれ如何に。彼の疑問符を察したらしく、彼女は「あー例えばですね」と続けた。
「ほら…極端な話。折角の縁談が、素行の悪い親戚だとか、お金の無心ばかりしてくる縁者だとかのせいで台無しになる事もあるでしょう?例え夫婦になれたとしても、そういう人間関係のせいで、できたはずの間柄が壊れてしまう。つまり縁が続かないかもしれない。そういう良いご縁を邪魔する悪い縁を切る事が、縁結びに繋がると私は考えているんです」
確かにある事なので、彼は納得した。彼の持ち主も市井にいた身なので、その手の話は聞くともなく知っている。
「因みに。私の方針は神主さん達にもご理解を頂けています。ああ。そもそも祭神が交代して人神になるという周知は、この神社に仕える狛犬さん達…イコマさんとニコマさんがしてくれていましてね」
「ここの人間達は、貴方様が祭神であると把握しているのですか?」
彼女は「ですよ」と答えた。
「は、はあ。何と申しますか…とても果断な決断をされたのですね」
彼は感心して頷いた。因みに人の姿である。彼女が「話をするにしても、刀のままというのもどうかと思うから」と人間の姿に顕現してくれたのだ。彼女が鏡を見せてくれたので自分の姿がわかったのだが、10代半ばから後半の青少年の姿である。彼女曰く「持ち主の個性や君自身の来歴を統合した上で、最も相応しい姿になったのでしょうね。私は外見及び外見年齢を操作もしくは調節できる訳ではないので」との事だった。
彼は彼女と向き合う部屋の中を、改めてぐるりと見回した。
「ではここはもしや、貴方様の神域なのですか?」
「ですよ。錆っび錆び状態をどうにかするのも意思疎通をするのも、ここが一番丁度いいと思いましたので」
やはり何の事も無さそうに答えた彼女は「で」と口調を改めた。
「君はこれからどうします?持ち主の所に帰りたいなら、さっきも言った事になりますけど、一番近い御山まで案内しますけど。『今を生きる人類』である私が冥界に入る事までは、流石にできませんが…。まあ冥界は広いでしょうけど、事情を話して地道に探していけば、持ち主ご本人なり、生まれ変わった先なりを突き止めて再会する事は叶うでしょう」
恐ろしく淡々とした物言いだが、彼女の口調には誠意が感じられたし、何より何処までも手厚く彼の面倒を見ようとしてくれている事が、彼にはわかった。
しかし彼は居住まいを正し、きっぱりと首を横に振る。
「いえ。お気持ちは大変嬉しいですが、ここまでして頂いて何もお返ししないのは、武士の名折れ。わたくしは名も無き志士に使われた若輩ですが、端くれとは言え侍でございます」
「動乱の幕末を駆け抜けてきたんですね」
彼女の口調は優しく、労わる響きがあった。彼は目頭が熱くなるのを感じたが、ぐっと堪える。座布団から畳へと身を移して両手を床につき、頭を下げる。
「ただ朽ち行くばかりであった所を、こんなにも立派な姿にして頂いたのです。どうか恩返しをさせて下さいませ。願わくば、貴方様を主と戴き、お仕えしたく存じます」
「とりあえず、頭を上げて下さい」
言われて彼は躊躇いつつも頭を上げる。座布団に戻るように言われて座り直した。勧められて、お茶に口を付ける。そんな彼を前に、彼女は考えるような表情を見せていたが、ふと口を開いた。
「この神社は縁結びの神社ですが、先程も言った通り、私の方針は変わっていましてね。『良いご縁とは悪縁を切ってこそ』を前提にしています」
「は、はあ」
確かにそう言っていた。だが縁結びなのに縁切りとはこれ如何に。彼の疑問符を察したらしく、彼女は「あー例えばですね」と続けた。
「ほら…極端な話。折角の縁談が、素行の悪い親戚だとか、お金の無心ばかりしてくる縁者だとかのせいで台無しになる事もあるでしょう?例え夫婦になれたとしても、そういう人間関係のせいで、できたはずの間柄が壊れてしまう。つまり縁が続かないかもしれない。そういう良いご縁を邪魔する悪い縁を切る事が、縁結びに繋がると私は考えているんです」
確かにある事なので、彼は納得した。彼の持ち主も市井にいた身なので、その手の話は聞くともなく知っている。
「因みに。私の方針は神主さん達にもご理解を頂けています。ああ。そもそも祭神が交代して人神になるという周知は、この神社に仕える狛犬さん達…イコマさんとニコマさんがしてくれていましてね」
「ここの人間達は、貴方様が祭神であると把握しているのですか?」
彼女は「ですよ」と答えた。