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 はい、とレシートを相手の眼前に突きつける。
「水着代三千円」
「三千?」
 たっか、と目を剥くと思ったのに冷静に財布を取り出している。え? ウソ。目を見張っている間に、にょきっと一枚、お札が顔をのぞかせた。
「はい、五千円。二千円、返して?」
「え・・・・・・や、やっぱ、いいよ」
 ちょコイツ、さすがにヤバいって。
 今になって、警戒心と、そして一滴の汚れもない綺麗な良心が騒ぎ出した。
 この時季こそ売り時だとぴかぴかさせられていた水着売り場でわざわざ一番高いものを買ったときの顔は、さぞかし悪かったんだろうと思い恥じ入ってしまう。
 断られると思ってした提案が、いつもかえって輝月を苦しめる。自分で自分の首を絞めるってこういうことなんだ。全然嬉しくない状況での発見。
「え〜。でも、これ受け取ってくれなきゃ、海行ってくれないじゃん! はい、どうぞ」
「うっ・・・・・・いらないよ。海には行くから! でも、これは受け取れない」
 思わず叫んでいた。純粋すぎる。こんな人、見たことない。輝月はその扱いに困っていた。
「え、いいの? 来てくれるの? 本当?」
 純粋って、バカだけど騙しにくい。仮病でも使おうと思ったのに、また良心が顔をしかめ始めた。小さくうなずいて、ため息をつく。
「あのさ。なんで今光源氏は、そんなに私に関わりにくるわけ?」
「そりゃ、月へ帰したいから」
「まだ諦めてないんだ」
「うん」
 驚きはしたけど、そこまではわかる。でも。
 質問の続きを待っている相手に、輝月はなんで、と問いかけた。
「なんで、そこまでするの? 別にあんたに得はないでしょう?」
 千夜通う、という無茶振りを受けたのも。学校での大胆な行動も。お金が絡んできても全く動じず、その姿勢を貫き通す。
 鬱陶しさや感心を飛び越えて、変な勘違いとかそんなのより、もう、単純に怖い。
「え〜・・・・・・それ、言わないとだめ?」
「聞きたい」
「でも、たぶん、傷つく・・・・・・いや、なんでもない。そうだなぁ」
 天井と壁の境目くらいを見て、考え込む。目の泳ぎ具合が半端ない。と、いきなり顔を上げ、誰にともなくそうだよ、と言う。
「ただの人助けじゃん。そう、人助け。いや〜、気持ちいいもんね、人助け!」
 ぶつぶつ言いながら窓枠に腰掛けて、瞬きの間に強い風にさらわれ、消えた。いつもより随分と早いお帰りに、絶対なにか隠している、と思う。
 単純すぎ。ウソが丸見えだ。ガラス越しに見るくらい、透けて見える。
 でも、それの詳細を知ったり、それに触れることはできない。それでも、ゆっくり開けていくことはできる。割らないように、慎重に、丁寧に。
 海に行こう。
 初めて自分からそう思った。