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 ぱこっ。
 自分でもそう思うくらいいい音がして、額に軽い衝撃と痛みが走る。いつ先生に名前を呼ばれてもいいように、と体が厳戒態勢だったから、ぱっと目を開くことができた。
「えっ」
 やばい。バレたかな。周りのざわめき具合に、思わず戸惑う。
 チョークでも投げられた? 体罰って教頭か校長かに訴えてもいいけど、非はこっちにあるしな、でも、地上ならゴリ押せばなんとか体罰、ダメ絶対風潮の時代だしなんでもいけるっぽいし、でも今はどう切り抜けよう、どう言い訳すれば。
 あれ、隣の子は? 寝てたよね、さては、名前も知らないアイツ、危険を察知して起きやがったな。抜け駆けはズルい。私だけ怒られるじゃん!
 必死に頭を回して教室の床に視線をそわせ、ちらっと隣を見ても、その男子は寝癖をこっちに向けたまま、微動だにしない。
 え、寝てるじゃん。
 なにか、変だ。もしかして先生に特定でいじめられてる? 身体中がこわばった。
 先生の表情を確認しようと、視線を上げた、そのとき。
「うわあああぁっ」
 椅子が派手な音を鳴らして、前脚を浮かせながら十センチくらい後ろに下がった。
「おっ。おはよ。『かぐや姫』。寝てたろ」
「今光源氏・・・・・・」
 喉の奥から、うめくような声がもれた。あの顔が。寝不足の原因の、あの顔が。
 のぞきこんでいた。
 悪夢の再来だ。
「あれ? 今光源氏の話、聞いてたの。寝てなかった?」
 担任が、頭の上にハテナを浮かべている。が、それより、他の女子生徒の間では、もっと話題に取り上げられたワードがあった。
「『姫』って言ってたよ」
「え・・・・・・やば」
「どういう関係?」
 ざわざわといつまでもさざめく教室で、なんとか今光源氏を睨んで追い払い、輝月は存在を消すしかなかった。