「おっ、今日は三角だ」
 ハーフアップをとめているマジェステに視線を投げて、翔琉が朗らかに笑った。
「可愛い」
 フレームをなぞって褒めてくれる。まるで自分が撫でられでもしたように気恥ずかしくなって、輝月はそっけなくうなずいた。
 月の都で四人お揃いを買ってから始めたマジェステコレクションは、その数を増やし続け、今はもう二十に達している。その日の雰囲気で形や種類を変え、髪型と合わせて楽しんでいた。
 晴れ舞台には編み込みを添えて豪華なマジェステを使い、勉強会では清楚系ハーフアップに細めのフレーム、そして、まあ、その・・・・・・デート、用も、一応。
「行っておいで。まあ、十分程度で迎えにくるよ」
 その名が看板が掲げられた門の横に、一人立っている。それを見つけ、翔琉は立ち止まった。ぽん、と輝月の背を押して。
「ありがとう」
 輝月は懐かしい景色へ、走り出した。
「八宵」
 うつむき、待人来らずとばかりに爪をいじっていた彼女は、名前を呼ばれてぱっと顔を上げた。
「八宵、ありがとう」
 ここへ来る前は八宵になんて会いたくないと思っていたし、翔琉にもそう言った。所詮、八宵だから。どんなにいいことをしようと、人は変われないと。
 だけど、人は変われると、翔琉にこんこんと諭された。
 その人の見る目が変化すれば、人は変わる。逆に、ずっと意固地になってあの人はああいう人だから、とか周りが思っていると、その人はそのままだ。
 会わないと。仲直り・・・・・・は少し幼いかもしれないが、二人の関係は、孤児院に入った十歳の頃から変わっていない。仲直りしてもう一度、過去も全部まっさらに戻してやり直そうと、その心持ちでいた。
 だから。
「ごめんね。・・・・・・色々と」
 八宵が気まずそうに目を伏せた。変わってる。以前の八宵じゃない。いや、以前の輝月の目で見ていないからだろうか。
 ちょっと前なら、その目線のそらし方にさえ苛立ちを覚えたかもしれないのに、今日は、いいよ、と素直に笑えた。
「もう気にしてない。大丈夫だよ」
 その笑顔に八宵は目を上げて、安心したように笑い返してくれた。
 八宵も、もしかしたら。
 もしかすると、孤独から逃げて、重圧から逃げて、取り巻きを増やし、弱い者いじめをしてしまっていたのかもしれない、と思う。
 だとしたら、私たちは似ている。これからは逃げないって決めたから、輝月は翔琉に気持ちを伝えることができたし、八宵はあのキザ野郎のしたことを帝にチクった・・・・・・じゃないや告発できたんだろう。
 似た者同士は向き合って、さりげなく笑い合う。
 それから二人は、門の前に設置された花壇に座り、なにをするでもなく、自分の髪をいじったり、ぽつぽつと近況を話したりした。
 元気にこちらに手を振る人影を見つけ、輝月は立ち上がる。
「姫ーっ」
 声が届き、姫? と、八宵はぴくっと呆れたように眉を上げた。そういや八宵、翔琉のこと好きなんだったっけ。
「あっ、ごめん。その」
 途端にへどもどし始める輝月を見て、また八宵は呆れ顔で楽しそうに笑った。
「いいの。新しい人見つけたから。もう、いじめもやめたよ」
「そっか。よかった」
 八宵に向き直って、輝月は再度礼を言う。
「ううん、こちらこそありがとう」
 それから、ふっと笑みを見せた。
「王子様にみそめられるなんて、シンデレラね、まるで」
 からかうようにちょんと胸の辺りをつついて、八宵は踵を返した。