翔琉、どうしてるだろう。あの翔馬ってクソガキ、大人しくしてるよね? 居場所は作ってもらったよね? ちゃんと健康に過ごせてるよね?
幸せを奪ってしまった本人が考えるのも変だけど、心配でしかない。
ああ、まただ。ふとしたときにまた考えてしまう。せっかく春休みなのに。ふと目を覚ませばすぐこれ。
再び目を閉じるけど、なかなか寝れない。
「んん〜」
ベッドから起き上がり、大きく伸びをする。ちらりと時計を見ると、早朝、四時。
養父母はまだ寝ているのだろう、家は静まりかえっている。なんとなくできる限り音を消しながら窓のそばに寄る。薄くカーテンを開けると、低い空にはまだ朝行く月が浮かんでいた。
冷えたサッシに、指を這わす。春月を見上げて、再び物思いにふけりそうになってーー慌てて、意識を現実に引き戻す。
新聞でも取ってこようか。
再び音を立てないように、極秘任務を負った忍者のようにして廊下を歩き、玄関を出る。ほのかに冷えた空気が心地よく体を包んだ。ポストをのぞく。分厚い新聞を取り出して、ざっと目を通す。
政治家の面や、気難しい漢字と睨めっこして読み解いていると。
ひらり、ひらりとゆったり、一枚の小さな紙が地に落ちた。
「ん・・・・・・映画のチケット?」
デリバリーフードが流行る昨今だけど、配達式のチケットなんて聞いたことがない。
なに、コレ。
まじまじと見つめて、ふと気づいた。ある単語が、書かれていることに。
「待宵号・・・・・・っ!」
瞬時に悟った。
行かないと。呼ばれてる、──翔琉に!
輝月は素早く玄関からペンを抜いて、軽く書き置きを残し、朝月夜の下走り出した。
いつも月へ行くときに使っていたバス停へ。自分の家の最寄駅にバスが来てくれていたのだ。十分くらい走って、バス停に着くと、やっぱり待宵号が停車していた。
「お願いします」
一年ぶりに乗り込んだ車内は、かすかにポップコーンの匂いが漂っている。
懐かしい匂いだ。
いつも、夢を見失いそうになったときに漂う、背中を押してくれる匂い。
「はい、Hの三でございますね」
Hの三?
床を見ると、ビニールテープで座席の列ごとにアルファベットが、進行方向左から一、二、廊下を跨いで三、四と設定されている。映画館式になっているらしい、スタンプを押されて、中に通される。
「Hの三と四・・・・・・ここだ」
床のテープに沿って進んで行く。後ろから二番目の席の、進行方向右の座席のうち廊下側。
窓側に、誰か座っている・・・・・・翔琉だ。
「おっ、来た、姫」
ぴょこん、と頭が見えた。
姫。
その響きすら懐かしい。
「翔琉・・・・・・」
「よくわかったね。呼んでるって。思ったより早かった」
優しい笑みに、輝月はほっとする。目立った外傷も見られない。肉体的ないじめの可能性は低そうかな。
ん〜、顔色も明るいから、精神的にも大丈夫そう。
彼の手にはキャラメルポップコーン。一つ自分の口にぽいっと放り込んでから、輝月を座るよう促した。
「翔琉、大丈夫? ごめんね、本当、ごめん」
「いいよ」
「どうしたの? いきなり」
「うん、色々片付いたから伝えたくて。俺も、やりたいこと見つけたんだ。地上で」
地上で?
驚いた。え? どういうこと?
目を瞬いている輝月に、そっと、翔琉が顔を寄せる。
「そばにいたい。・・・・・・輝月の」
耳元でそう甘くささやかれて、輝月は真っ赤になった。
「えっ」
夢? これは、夢?
かたまりながらぐらぐらと頭の中で思っていると。
「あーっ、恥ずっ。ヤバい、あぁあああっ、黒歴史だコレ。絶対誰にも言わないでよ、姫」
ぱっと顔を離して、輝月の赤さが伝染したようになってしまい、いつもの翔琉に戻って頭を抱えた。
「え?」
「いやっ・・・・・・さっきのはさ、その、う、嘘じゃないよ? でも、夏井が」
途端に不安げな表情を見せる輝月に、慌てたように翔琉が言い訳する。
夏井って確か、向日葵の苗字。
「向日葵がなにかしたの?」
「いや、この前、地上にいる最終日に電話かかってきてさあ」
告白の重要性や、女子の恋に対する見方などについて、こんこんと説教されたのだという。それから、今の告白の仕方を伝授された、と。
ーーいつか使うかもでしょ。あたしには、いつかはわからないし、相手が誰かも知らない。
「結構大胆なんだな、あの子。正直ビビったよ」
ああ、だからあの大学合格プチパーティーのときに焦ってたんだ。余計なことをしたかもしれない、輝月が好きなのは月野くんじゃなかったの、違うの?
「輝月に使っていいのかわからなくて。闇雲に傷つけるだけだろ? でも、今は事情が違うから。今日はいきなりだったでしょ? お母さんたちびっくりするよ。また明明後日、改めて迎えにくる。話つけといてね。うんと長く観光しよう」
玉響の再会はあっという間に過ぎ去り、輝月はスタンプの押された映画館風バス乗車券を握りしめながら帰路につく。後ろでバスが発車した。
ていうか。
向日葵、マジで恋愛マスターだった・・・・・・。
幸せを奪ってしまった本人が考えるのも変だけど、心配でしかない。
ああ、まただ。ふとしたときにまた考えてしまう。せっかく春休みなのに。ふと目を覚ませばすぐこれ。
再び目を閉じるけど、なかなか寝れない。
「んん〜」
ベッドから起き上がり、大きく伸びをする。ちらりと時計を見ると、早朝、四時。
養父母はまだ寝ているのだろう、家は静まりかえっている。なんとなくできる限り音を消しながら窓のそばに寄る。薄くカーテンを開けると、低い空にはまだ朝行く月が浮かんでいた。
冷えたサッシに、指を這わす。春月を見上げて、再び物思いにふけりそうになってーー慌てて、意識を現実に引き戻す。
新聞でも取ってこようか。
再び音を立てないように、極秘任務を負った忍者のようにして廊下を歩き、玄関を出る。ほのかに冷えた空気が心地よく体を包んだ。ポストをのぞく。分厚い新聞を取り出して、ざっと目を通す。
政治家の面や、気難しい漢字と睨めっこして読み解いていると。
ひらり、ひらりとゆったり、一枚の小さな紙が地に落ちた。
「ん・・・・・・映画のチケット?」
デリバリーフードが流行る昨今だけど、配達式のチケットなんて聞いたことがない。
なに、コレ。
まじまじと見つめて、ふと気づいた。ある単語が、書かれていることに。
「待宵号・・・・・・っ!」
瞬時に悟った。
行かないと。呼ばれてる、──翔琉に!
輝月は素早く玄関からペンを抜いて、軽く書き置きを残し、朝月夜の下走り出した。
いつも月へ行くときに使っていたバス停へ。自分の家の最寄駅にバスが来てくれていたのだ。十分くらい走って、バス停に着くと、やっぱり待宵号が停車していた。
「お願いします」
一年ぶりに乗り込んだ車内は、かすかにポップコーンの匂いが漂っている。
懐かしい匂いだ。
いつも、夢を見失いそうになったときに漂う、背中を押してくれる匂い。
「はい、Hの三でございますね」
Hの三?
床を見ると、ビニールテープで座席の列ごとにアルファベットが、進行方向左から一、二、廊下を跨いで三、四と設定されている。映画館式になっているらしい、スタンプを押されて、中に通される。
「Hの三と四・・・・・・ここだ」
床のテープに沿って進んで行く。後ろから二番目の席の、進行方向右の座席のうち廊下側。
窓側に、誰か座っている・・・・・・翔琉だ。
「おっ、来た、姫」
ぴょこん、と頭が見えた。
姫。
その響きすら懐かしい。
「翔琉・・・・・・」
「よくわかったね。呼んでるって。思ったより早かった」
優しい笑みに、輝月はほっとする。目立った外傷も見られない。肉体的ないじめの可能性は低そうかな。
ん〜、顔色も明るいから、精神的にも大丈夫そう。
彼の手にはキャラメルポップコーン。一つ自分の口にぽいっと放り込んでから、輝月を座るよう促した。
「翔琉、大丈夫? ごめんね、本当、ごめん」
「いいよ」
「どうしたの? いきなり」
「うん、色々片付いたから伝えたくて。俺も、やりたいこと見つけたんだ。地上で」
地上で?
驚いた。え? どういうこと?
目を瞬いている輝月に、そっと、翔琉が顔を寄せる。
「そばにいたい。・・・・・・輝月の」
耳元でそう甘くささやかれて、輝月は真っ赤になった。
「えっ」
夢? これは、夢?
かたまりながらぐらぐらと頭の中で思っていると。
「あーっ、恥ずっ。ヤバい、あぁあああっ、黒歴史だコレ。絶対誰にも言わないでよ、姫」
ぱっと顔を離して、輝月の赤さが伝染したようになってしまい、いつもの翔琉に戻って頭を抱えた。
「え?」
「いやっ・・・・・・さっきのはさ、その、う、嘘じゃないよ? でも、夏井が」
途端に不安げな表情を見せる輝月に、慌てたように翔琉が言い訳する。
夏井って確か、向日葵の苗字。
「向日葵がなにかしたの?」
「いや、この前、地上にいる最終日に電話かかってきてさあ」
告白の重要性や、女子の恋に対する見方などについて、こんこんと説教されたのだという。それから、今の告白の仕方を伝授された、と。
ーーいつか使うかもでしょ。あたしには、いつかはわからないし、相手が誰かも知らない。
「結構大胆なんだな、あの子。正直ビビったよ」
ああ、だからあの大学合格プチパーティーのときに焦ってたんだ。余計なことをしたかもしれない、輝月が好きなのは月野くんじゃなかったの、違うの?
「輝月に使っていいのかわからなくて。闇雲に傷つけるだけだろ? でも、今は事情が違うから。今日はいきなりだったでしょ? お母さんたちびっくりするよ。また明明後日、改めて迎えにくる。話つけといてね。うんと長く観光しよう」
玉響の再会はあっという間に過ぎ去り、輝月はスタンプの押された映画館風バス乗車券を握りしめながら帰路につく。後ろでバスが発車した。
ていうか。
向日葵、マジで恋愛マスターだった・・・・・・。