「大学合格、おめでとう〜! 麦も、朝日も、向日葵も」
 春休みに入って二日目。三人が家に遊びに来てくれて、養母も張り切り小さなパーティーのような様相になった家で。
「輝月も、ね」
 クラッカー三個持ちで鳴らした輝月に、乾杯のつもりか炭酸の缶を掲げて、朝日が言ってくれる。
「あ〜、よかった」
 養父はなんだか、荷を下ろしたようなすっきりした顔で、背もたれに体を預ける。養母もお茶を注ぎながらにこにこしていた。
「これもひとえに、家庭教師くんのおかげ」
「えっ、家庭教師? いたの? 男性?」
 耳ざとい麦がすかさず聞きつける。もう・・・・・・。
「あれ? もしかして、輝月?」
「そうなんじゃないの?」
 向日葵も、予想がついたのかなるほどとうなずいている。あの様子だと、しっかり家庭教師くん=翔琉だと脳内で結びついているらしい。
 麦と朝日は、正体は知らないけど、どうやら輝月が想いを寄せていた人というのだけは掴んだらしい。一斉ににやにやしだす。
「えーっ、会わせて! 会いたい!」
「もう・・・・・・もう、いないよ」
 二日前に、故郷に帰っちゃったからさ。
「えっ?」
「帰ったの」
 もう一度言って、息をひそめて存在を消していてくれる養父母に、輝月は声をかけた。
「ちょっと部屋行ってもいい?」
「いいよ、あとでいろいろ持っていくから。ごゆっくり」
 ごそごそ移動して部屋に入ると、三人に詰め寄られた。
「どういうこと⁉︎」
「帰ったって・・・・・・はあ?」
「告白はしたの?」
「会いに行きなよ!」
「告白はした。会いには行けない」
「おお・・・・・・偉い。告ったんだ、ちゃんと」
 それを聞けば充分だったのか、身を引いて、朝日がぱちぱち目を瞬いた。
「会いに行けないってどゆこと? 外国人なの?」
 麦が全く見当違いでもない答えを出す。外国人ってか、外星人っていうか、いや宇宙人だ。
「うん、まあ・・・・・・そんなもん」
 向日葵だけが、奇妙な目をして輝月を見ていた。
 ああ、だよね、向日葵にとっては意味不明だよね。彼女の中で、翔琉はバチバチの日本人だから。
「ちょっと、トイレ行ってくるわ」
 輝月は立ち上がった。
「ん。おけ」
「あっ、あたしも。借りるね」
 案の定、向日葵も腰を上げる。小さくうなずき返し、向日葵と廊下に出る。
 ドアの前で、二人は向き合った。
「ちょっと輝月。月野くんじゃないの? 家庭教師」
「んー・・・・・・」
 予想していた問いかけとはいえ、なんと答えればいいか。
「外国人って・・・・・・どういうこと? 輝月は月野くんが好きなんでしょ?」
「えっと。外国人っていうか」
「あ、会いたくないってこと? じゃあ、その家庭教師は月野くんでいいんだね?」
「うん」
「よかったー」
 ん?
 軽い違和感を覚える。
 なにがよかったんだろう? 思えば、さっきの焦りようも変だ。なににそんなに慌てているんだろう。
「・・・・・・輝月、大丈夫?」
「え?」
「寂しくないの?」
「さみ、し・・・・・・っ」
 不意打ちだった。
「輝月」
 声を詰まらせた輝月を、向日葵はぎゅっと抱きしめてくれた。
 寂しい。寂しいよ。寂しいに決まってる。せっかく頑張れたのに。せっかく壁を乗り越えられたのに。
 その努力は無駄だった?
「会いたいよ・・・・・・」
 あのキザ野郎にいじめられてない? 居場所はちゃんとある? ごめんね、私の気持ちが地上にあったばかりに、辛いことばかりで。翔琉こそ、翔琉の努力が無駄になったよね。なんで私はこんなに自分勝手な考えしか浮かばないんだろう。ごめん。
 寂しさ、不安、悲しみ、悔しさ、苛立ち。
 いろんな感情が押し寄せてきて、涙があふれた。思わずしゃがみ込む。背中に回っていた向日葵の手は、難なく輝月を離してくれた。
「輝月」
 向日葵が、背中に手を置いて、優しくさすってくれる。
「泣かないで、輝月」
 本当だ、泣いてちゃダメだ。輝月は涙を拭った。翔琉を不幸にした私がこんなんじゃ、申し訳が立たない。泣く資格なんて、ないんだから。
 どうかーー、どうか、泣いていないで、翔琉。