レースカーテンさえ閉め忘れた窓からのどんよりした晨光で、いつもよりも早く目覚めてしまう。連なって昨夜のことはやっぱり事実だった、と否応なく意識させられて、朝っぱらから嫌な気分になった。
絶対帰ろうと思うことはないって宣言、あの無茶苦茶な光源氏が聞いていたとは思えない。
ずかずかと窓に歩み寄り、不安を払うように勢いよくレースカーテンを閉めて、手早く制服に着替えた。輝月は朝ご飯を制服で食べる派だ。ソースが飛んだとて友達も彼氏もいない輝月には関係のないこと。・・・・・・寂しい学校生活を送ってるもんで。
「おはよう、輝月」
「おはよぉ」
朝食の席について、思わずのぞいた眠気を噛み殺す。あれから間を置かずに眠りに入れたとはいえ、普段よりだいぶ遅い時間。その上日の出とともに起きてしまったので、寝不足なのは明らかだった。
ついもれたあくびに、授業ちゃんと受けれるかなと不安になる。
地上では、故郷と違いデジタルも取り入れた授業風景である。そのため、地上の人なら慣れている操作方法から本来の目的である授業内容など、皆より覚えることが多く、正直核である内容に余裕でついていけてるとは言い難い。
不安に思いながら、もう一つあくびがこぼれた。
その様子と時計を見比べたのか、前に座った養母から、心配顔で話しかけられた。
「早いのね。悪い夢でも見たの?」
「え? ううん。なんとなく」
忠告してくれた養母に、カーテンを閉め忘れた、とはどうにも言いにくい。
他人とか、そんなの関係なく、本当の母のように、優しくも厳しく接してくれるこの人には、遠慮なく怒られる気がした。ちょっと前に一度、軽く怒られた。ぶっちゃけそれでさえ怖かったから。
「そう・・・・・・なにか悩みがあるなら言ってね」
「悩み?」
「昨日、だいぶうなされてたみたいだったもの」
どうやら、今光源氏ともめていた声が階下まで漏れ聞こえていたらしい。それを、寝言だと取ったのだろう。
いや、あれはうなされてるレベルじゃないだろ・・・・・・と自分がやったことながらちょっと呆れる。寝言で金切り声を上げる人っているのかな? 誘拐される夢とか見たら、そうなるんだろうか。
「あ、あぁ・・・・・・ちょっと、数学・・・・・・そう、数学の小テストがね。あってさ。夢にまで出てきたよ。もう、最悪」
うまく誤魔化せただろうか。前に、数学は一番苦手な科目だと言ったからだろうか、養母はちょっと眉を下げて、うんうんとうなずいた。
「そっか。頑張ってきて。誰か、教えてくれる友達作りなさいよ」
「はぁーい」
教えてくれる友達、ねえ。
生返事さえもそこそこに、輝月は学校へと向かう。昨夜の、束の間の五月晴れは分厚い雲にかき消されていたが、雨は寸前で踏みとどまってくれているようだった。
が、いつ降り出すかはわからない。もしかしたら一秒後かも、いや今かもしれない、なんて地震的思考で考えた養母に一応だから! と言われて押し付けられた傘を手に、湿った空気の中を歩き出す。
しかし寂しいことながら、早めに学校に着いても一般の人が持つJKのイメージっぽくきゃあきゃあと話す相手もいない。
「あ、おはよ〜」
「おはよう」
挨拶されたら、返す。だけど、それだけ。
最初の方は、隣になった子から髪、綺麗だねとか、HRを、新クラスメイトとコミュニケーションをとろう的な時間に当てられたときに好きな食べ物は? とか、聞かれたけど、そういう子たちとはほとんどの確率で仲良くなれない。無理矢理に先生たちが作った時間で話す子とは、長続きしない。
中学三年生という若さで流罪、そして転校してきて、他の人よりも一つ多く人との別れと出会いを過ごした輝月は、そういう持論がある。
大してなにをするでもなく、スマホをいじっていた。こういうときにスマホは大活躍。故郷にはなかったからなぁ。
自分のぼっちの現状から逃げる、なんてこと、気づいてる。もうとっくに。でも、やめたってぼっちから抜け出せるわけじゃないからね。
「ホームルーム、始めまぁす」
梅雨の嫌ぁな湿気を払うように、涼やかな予鈴が鳴り響く。
担任の、いつになく生き生きした声にぱっと視線を上げれば、もうクラスメイトが大半揃っていた。いつもより若干早い先生の登場に、JKたちは話をやめて、急いで座り始める。
ふと視線を外に転じれば、細い雨が、小さな音を立てて降り始めていた。ああ、傘持ってきてよかった。さぁあ、と絶え間ない音に、どうでもいいことを思った。
「今日はね、転校生がいます。だから、ちょっと早く来たんだけど」
ああ、ぜんっぜんどうでもいい話じゃん。ちらちらとあたりをさりげなく見れば、二、三人、机に突っ伏していた。隣の寝癖男子も。斜め前の前の眼鏡女子も。たぶん後ろの席の、ショートヘアの子も寝てる。あの子、いっつも寝てるもんなぁ・・・・・・正直、プリント配るときとか起こすん面倒なんだよね。気まずい。
まあ、いいけど、それより。
再びきょろきょろして、小さくうなずいた。
・・・・・・よし。
寝よう。
静かに心の中でしょーもない決意して、さりげなく頬杖をついた状態で目を閉じる。すでに眠気はこちらに向かって歩いてきていた。
せんせ、どんな人ですか?
ん? 聞きたい?
はい!
聞いちゃう? ・・・・・・男子
え〜っ
女子! 朗報だよ! いや、もう、本当に、かっこいい。すごいのよ。みんな、覚えてる、私が前教えた言葉。そう、まさに今光源氏──
先生のうわずった声と、女子生徒のざわめく声をぼんやりと聞き流しながら、夢の世界へ、誘われていく・・・・・・
絶対帰ろうと思うことはないって宣言、あの無茶苦茶な光源氏が聞いていたとは思えない。
ずかずかと窓に歩み寄り、不安を払うように勢いよくレースカーテンを閉めて、手早く制服に着替えた。輝月は朝ご飯を制服で食べる派だ。ソースが飛んだとて友達も彼氏もいない輝月には関係のないこと。・・・・・・寂しい学校生活を送ってるもんで。
「おはよう、輝月」
「おはよぉ」
朝食の席について、思わずのぞいた眠気を噛み殺す。あれから間を置かずに眠りに入れたとはいえ、普段よりだいぶ遅い時間。その上日の出とともに起きてしまったので、寝不足なのは明らかだった。
ついもれたあくびに、授業ちゃんと受けれるかなと不安になる。
地上では、故郷と違いデジタルも取り入れた授業風景である。そのため、地上の人なら慣れている操作方法から本来の目的である授業内容など、皆より覚えることが多く、正直核である内容に余裕でついていけてるとは言い難い。
不安に思いながら、もう一つあくびがこぼれた。
その様子と時計を見比べたのか、前に座った養母から、心配顔で話しかけられた。
「早いのね。悪い夢でも見たの?」
「え? ううん。なんとなく」
忠告してくれた養母に、カーテンを閉め忘れた、とはどうにも言いにくい。
他人とか、そんなの関係なく、本当の母のように、優しくも厳しく接してくれるこの人には、遠慮なく怒られる気がした。ちょっと前に一度、軽く怒られた。ぶっちゃけそれでさえ怖かったから。
「そう・・・・・・なにか悩みがあるなら言ってね」
「悩み?」
「昨日、だいぶうなされてたみたいだったもの」
どうやら、今光源氏ともめていた声が階下まで漏れ聞こえていたらしい。それを、寝言だと取ったのだろう。
いや、あれはうなされてるレベルじゃないだろ・・・・・・と自分がやったことながらちょっと呆れる。寝言で金切り声を上げる人っているのかな? 誘拐される夢とか見たら、そうなるんだろうか。
「あ、あぁ・・・・・・ちょっと、数学・・・・・・そう、数学の小テストがね。あってさ。夢にまで出てきたよ。もう、最悪」
うまく誤魔化せただろうか。前に、数学は一番苦手な科目だと言ったからだろうか、養母はちょっと眉を下げて、うんうんとうなずいた。
「そっか。頑張ってきて。誰か、教えてくれる友達作りなさいよ」
「はぁーい」
教えてくれる友達、ねえ。
生返事さえもそこそこに、輝月は学校へと向かう。昨夜の、束の間の五月晴れは分厚い雲にかき消されていたが、雨は寸前で踏みとどまってくれているようだった。
が、いつ降り出すかはわからない。もしかしたら一秒後かも、いや今かもしれない、なんて地震的思考で考えた養母に一応だから! と言われて押し付けられた傘を手に、湿った空気の中を歩き出す。
しかし寂しいことながら、早めに学校に着いても一般の人が持つJKのイメージっぽくきゃあきゃあと話す相手もいない。
「あ、おはよ〜」
「おはよう」
挨拶されたら、返す。だけど、それだけ。
最初の方は、隣になった子から髪、綺麗だねとか、HRを、新クラスメイトとコミュニケーションをとろう的な時間に当てられたときに好きな食べ物は? とか、聞かれたけど、そういう子たちとはほとんどの確率で仲良くなれない。無理矢理に先生たちが作った時間で話す子とは、長続きしない。
中学三年生という若さで流罪、そして転校してきて、他の人よりも一つ多く人との別れと出会いを過ごした輝月は、そういう持論がある。
大してなにをするでもなく、スマホをいじっていた。こういうときにスマホは大活躍。故郷にはなかったからなぁ。
自分のぼっちの現状から逃げる、なんてこと、気づいてる。もうとっくに。でも、やめたってぼっちから抜け出せるわけじゃないからね。
「ホームルーム、始めまぁす」
梅雨の嫌ぁな湿気を払うように、涼やかな予鈴が鳴り響く。
担任の、いつになく生き生きした声にぱっと視線を上げれば、もうクラスメイトが大半揃っていた。いつもより若干早い先生の登場に、JKたちは話をやめて、急いで座り始める。
ふと視線を外に転じれば、細い雨が、小さな音を立てて降り始めていた。ああ、傘持ってきてよかった。さぁあ、と絶え間ない音に、どうでもいいことを思った。
「今日はね、転校生がいます。だから、ちょっと早く来たんだけど」
ああ、ぜんっぜんどうでもいい話じゃん。ちらちらとあたりをさりげなく見れば、二、三人、机に突っ伏していた。隣の寝癖男子も。斜め前の前の眼鏡女子も。たぶん後ろの席の、ショートヘアの子も寝てる。あの子、いっつも寝てるもんなぁ・・・・・・正直、プリント配るときとか起こすん面倒なんだよね。気まずい。
まあ、いいけど、それより。
再びきょろきょろして、小さくうなずいた。
・・・・・・よし。
寝よう。
静かに心の中でしょーもない決意して、さりげなく頬杖をついた状態で目を閉じる。すでに眠気はこちらに向かって歩いてきていた。
せんせ、どんな人ですか?
ん? 聞きたい?
はい!
聞いちゃう? ・・・・・・男子
え〜っ
女子! 朗報だよ! いや、もう、本当に、かっこいい。すごいのよ。みんな、覚えてる、私が前教えた言葉。そう、まさに今光源氏──
先生のうわずった声と、女子生徒のざわめく声をぼんやりと聞き流しながら、夢の世界へ、誘われていく・・・・・・