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「え? ストーカー? ストーカーって、あの?」
 翔琉が驚いている。
「あのストーカーが、俺だって?」
「うん、そうだって。知ってた?」
「いや、俺ストーカーじゃないし、濡れ衣だよねそれ。え、否定してくれた?」
 その人についてまわっている噂をわざわざ吹き込むバカはいないようだ、翔琉はストーカー説を知らなかった。
「するわけないじゃん。身から出た錆でしょ。しかも、じゃあなんでって聞き返されたら困る。関係深堀りされるのやだし。ま、ひとまずここはあんたをストーカーに仕立て上げとく」
 月の話を地上の人々の前でするのは御法度。耳がタコで詰まるほど何度も言い聞かされているので心得ているが、これがなかなかに辛い。
「え〜・・・・・・」
「いいじゃん。勉強はできるし女の子はいっぱい寄ってくるんだし、不足はないでしょ」
「ないことないけど」
 拗ねたような顔でそっぽを向く。それからふと思い出したように、一転して笑顔になった。
「ね、映画行ってみようよ。映画」
「は? なんで?」
 いきなりすぎるでしょ、さすがに。すると、翔琉は駄々っ子のような表情になってさらに重ねた。机でも叩いて、地団駄を踏みそうな勢いだ。
「いーじゃん!」
 あ〜はいはい、わかった。
「興味本位ね」
「・・・・・・ね、行こうよ」
 うっと言葉に詰まってから、それでも折れずにまだ言う。
 しかし正直、今は翔琉に弱い。一番の被害者である翔琉自身は何事もなかったように接してくれているけど、かえってそれが、加害した輝月を苦しめていた。
「ま、いいよ」
 とそんな次第で。
「すごいいい匂いする・・・・・・」
 二人は、映画館へやってきたのだった。久しぶりに鼻先に漂うポップコーンの匂いに、輝月のテンションが上がる。
 朝日たちとはショッピングに行ったりお互いの家を行き来したりはしている中で、二、三度映画を見に行ったことがある。麦の推し俳優さんを見に行ったのだ。麦に視聴後、がーっと感想を述べられて、だけどまあ、正直興味はなかった。
 一方、翔琉は男友達と映画に来たことはなかったのだろう。今居候している家の家族とも来たことがないらしい。映画館は、月の都にはない。つまり人生初。
「ポップコーン買ってみようよ。今日は確か、あれ? なにが上映されてるんだっけ。チケットってあそこだよね? 当日券買わないと」
 しっかり下調べはしてきたらしい。が、気持ちが昂りすぎてやることがまとまっていないようだ、矢継ぎ早にまくしたてるだけまくしたてて、あとは売り場の前でうろうろしている。
 しょうがないなあ、と慣れた輝月が受付へ向かい、内容深めの恋愛映画チケットと、キャラメルポップコーンを買って劇場へと向かった。
「ポップコーンって美味しいのかな」
「座ったら食べてみなよ」
 子供みたいに顔を輝かせて言う翔琉に、輝月は苦笑で応じる。
「Hの三と四・・・・・・ここだね、席。四どうぞ」
「ありがとう」
「あ、始まるまで結構予告があるけど、そこからもういちいち声上げたりしないでよ。静かに楽しみたい人もいるからね」
 翔琉ならやりかねないと思う。おぉ〜とか、すげえとか。頭に思い描けば描くほど、その姿は現実味を増してくるから怖い。
 映画館歴では先輩の輝月に諭されて、そういうものなのかと素直に翔琉はうなずいた。