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 帰りのバスは静かだった。その日の夜、初めて翔琉は来なかった。
 全部話す、には少し覚悟が要ったのか。
 翌日、夏休み終了の前日、朝から玄関をくぐってきた翔琉はかちこちの緊張顔をぶら下げて養父母に変な顔をされていた。
「全部、話すよ。黙っててごめん」
 態度が一人歩きしまくり、ぺらぺら俺は嘘をついている、隠していることがあると絶え間なくしゃべっていたので、全て黙っていたわけではないのだけど。
 でも、ここはまぜっ返す場面じゃない。
 昨日と同じことを言ってぎくしゃくとベッドに座った翔琉に、輝月も椅子にゆっくり腰を下ろす。さあ、翔琉はどんな秘密を抱えているんだろう?
「翔馬は」
 昨日のしつこい男子だ、確か。うん、カッコつけたがりのキザ野郎。ナルシストのガキ。
「俺の双子の弟」
 え? 初耳すぎる。
 露骨に驚いた輝月にうん、とうなずきかけて、翔琉はまた口を開く。
「実は、俺に兄はいない」
 俺は、一番下だから、なにを間違えても順番は回ってこないんだ。だから遠慮はいらない。
 最初の夜言った、あれも、嘘。
 思えば視線は宙を転がり続けていたし、あのあとで疑問にも思ったんだった。
「ええ?」
「年も一緒。だから、翔馬と後継者争いしちゃうだろ? それで、試練が与えられたんだ。どっちかが突破できなくなるまで続く」
 後継者争いって、試練って、古いな〜やっぱり。
「でも、翔馬って悪知恵が利くやつだからすぐに突破して」
 うん、なんとなくわかった。あの人が使いこなすのは知恵じゃなくて悪知恵であること。
 思えば、輝月が八宵より年下なのはおかしい。八宵が生まれてから輝月が生まれることになるので、その場合八宵の父が不倫したことになってしまう。
 八宵がもし冷静で、そのことに気づいていれば。すぐにかっとなるタチじゃなければ。
 このようなことは防げていたかもしれない。
「俺の試練は、八宵の悪戯を止めることだった」
 うん・・・・・・知ってると、八宵の悪戯を話したときにうなずいたあの横顔。辛そうなあの横顔が、ありありと目の前に浮かぶ。そっか。だから知ってたんだ。
「でも、それも、翔馬に阻まれて」
 偽情報を流して八宵を激怒させた。悪戯は度を超していじめとなり、耐えきれなくなった輝月は逃げ出した。
「だから、特別に第二の試練を与えられたんだ」
 “輝月を月へ連れ戻すこと”
「だから?」
 だから、あんなにいつも必死だったの?
「そう。・・・・・・だけど、今回も落第だ」
 あんなやつだろ、俺絶対帝の座をアイツに渡しちゃいけないって思ってたのに。
 これが、ガラスの奥に眠っていた秘密。
 続いた切なげな声に、輝月は首を振っていた。
「そんなことない。ううん、あれは勢いに任せていっちゃっただけだから」
「え? 本当?」
「大体、第二のミッション与えられるってことは期待されてるんだよ、きっと」
 期待を持って舞い上がると、落ちた分痛い。一転してぱっと輝きを取り戻した翔琉の顔に、知ってるくせに、そう言ってしまう自分を恨んだ。
 予想は当たった。翔琉は地まで、勢いよく落ちてしまった。
 月と連絡が取れなくなったと、そう報告されて、輝月はただ申し訳なかった。