「あぁ〜、もうマジやだ」
「輝月、こういうことはちゃんと向き合わないとダメだよ」
 月の都行きのバス、待宵号で、悲鳴に等しい不満をこぼした輝月に、翔琉はまるで五歳の子供を諭すかのように言った。
「だって、怖いんだもん」
「そういうことも、人生においてはある」
 確かにだけどっ、おそらく学校においてはあと一度、社会に出てからは数えきれないだろうけど!
 でも、友達とわざわざ引き離すことなくない?
 百パー先生の策略だよね。新しい友達を、友好関係を広げるとかいうけどさ、そんなの人と打ち解けるの苦手な人にとっては大きなお世話だし。
 先生たちはこの子とこの子を離してやろうとか計画してないっていうけど、それなら多分世界の決まりとしてクラス替えっていうのは仕組まれてるんだと思う。
「でもさぁ・・・・・・必要ないでしょ、あんなの」
「必要だよ。大事なこと」
 それから、はあっとわざとらしくため息をつく。
「あ〜もう、ごめんって」
 ここで、ようやく気づいた。
 あれ? なんか話が噛み合ってない気がする。
「なんであんたが謝るの」
 輝月理論としてだと、完全この世界が悪いのに。・・・・・・中二病じゃないよ?
「俺が無理に連れ出してきちゃったから」
「なんだ。そのことなら、とっくに覚悟はできてるよ」
 これから先、八宵よりもたくさん立ち向かうどころか乗り越えたり、場合によっては壊したりしないといけないこともあるのだ。
「じゃあなんの話だったわけ?」
「クラス替え」
「なんだ。クラス替え? 大丈夫でしょ」
 なんて気楽に言うけど。
 そりゃあんたはね。根っから性格が違いますから。
「大丈夫じゃないんだよそれが・・・・・・」
 朝日たちと出会い仲良くなれるまで十ヶ月近く使ったのだ。毎年こんな調子だと、出会っては一ヶ月ちょいで別れ、を繰り返すことになる。今回は朝日たちが声をかけてくれたけど、最悪、友達ができない可能性もあるし。いや、そっちの確率の方が高いかな?
 あ〜、悲劇でしかない。
「でも、俺も同じクラスだし、仲良い子も一人、いたじゃん」
 そうなのだ。翔琉と朝日は同じクラスになったけど、向日葵と麦は別のクラスになってしまった。まあ、向日葵、麦は一緒のクラスだから比較的マシなんだし、まあ朝日の運の良さには感謝するけど。
「だけどさ」
 どうせなら四人揃いたかったなぁ。
 カップルでもなんでもないから、特に一周年も特に祝わず過ごし、もう八月も終盤だ。
 なのに、教室で朝日以外に話しかけてくれる人が、いない!
「八宵のことはそれより大事なことだろ」
「ん・・・・・・まあ、そう、だよね」
 翔琉に言われて、心臓がばくばくうるさい自分に気づいた。また逃げてたんだ、私。クラス替えという些細な事の方に。
 そっと息を吸って、輝月は翔琉の心の中のガラスに向き合うことにした。
「翔琉。あの、八宵、って」
「うん」
「知らないよね、名前・・・・・・言ったこと、あったっけ」
 たぶんないんだよね、別に理由はないけど、なんとなくぼやかしてたから。遠慮がちな問いに、翔琉の顔がぴくっと強張った。いやわかりやすっ。やっぱりガラスに触れる点だったのか。
 輝月を月に返したい理由に、八宵が絡まっている? いや、そもそも輝月が月を出た理由が八宵だから知ってるだけ? 情報収集してた? もしかしてストーカー?
 翔琉ストーカー説出てきた、やばい、暴走してる。落ち着け落ち着け。
「あ〜・・・・・・」
 弱々しく空を彷徨っていた翔琉の視線が、ぴたりと止まった。
「八宵のお父さん、つまり孤児院の院長が、父と知り合いで。よく遊びに来てたから」
 遊びに来ていた。その言い方なら、もっと親密そうなものだけど。
 でも、院長が月帝と繋がりを持っていたのは本当だし、そのせいで今の、地上に落とされた輝月はいるわけだし、翔琉の視線のうろつき具合がいつもよりはマシであることからしてまるっきりの嘘ではなさそうだ。
「そっか。そうだったね」
 もっと詰めることは出来たのに、そっとガラスから離れ、輝月は相槌を打つ。
 八宵に会って聞けば、わかることは増えるはず。それまでは別に、無理してなにかを知らなくてもいいんだから、と。