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「これ!」
 朝日がなにかに驚いたらしく、大声を出した。
 え、なんか翔琉、男物の忘れ物でもしたかな? やばい、バレるじゃん! うわああああ最悪!
 人は、他人に知られたくないことを抱えていると、自然思考がそちらに偏る。輝月も例外ではなく、ズレにズレまくった勘違いをした。
「うわあっ、見ないでええっ」
「なんで? いいじゃん。私のプレゼント、やっぱ輝月に行ってたんだ。よかった〜、男に行ってなくて」
「・・・・・・へ? えっ?」
 プレゼント?
「え? これ。マジェステ」
 よく見れば、朝日は勉強机の前で驚いている。ああ、それ?
「クリパのプレゼント交換のときのでしょ? え、忘れられてたの? 悲しいじゃん」
 麦がにやにやしながら朝日をからかう。あ、誤解されてる。
「違くて。つけ方分からなかったの」
「あー」
 確かに、一見わかりにくいかもね。
 朝日は納得したようで、すいっとそれを手に取った。
「結んであげる。なんだかんだで髪の毛触るの、出来てなかったし」
「えっ、いいの?」
「うん。ロングだからアレンジもしやすいし。でも、麦みたいに全部あげたら寒いし。ん〜、ひとまず今は、お嬢様っぽくお団子風ハーフアップにしよ。ほら、あのディズニーの美女と野獣の美女の方のほら、ベルみたいな感じ」
 そこまで一人でばーっと喋って、ベッドに輝月を座らせ、自身はカバンから大きなポーチを取り出してその後ろに回り込む。
 麦と向日葵はてんでに床や椅子に座ってその様子を見つめていた。
「痛かったら言ってね?」
 前置きして、朝日は黒髪を梳き始めた。
「うわ。向日葵よりさらさらなんだけど」
 と、ショートヘアの向日葵を一瞥する。
「ま、輝月だからね」
「どういうことよ」
 さりげなくディスられたくせに応じず、噛み合ってない返事が返ってきて、思わず苦笑をこぼした。そうこうしてるうちに、朝日はブラシを一度手放して、手際よく横髪をざっくりと集め始めている。
「ちょっと麦、ゴム取ってもらっていい?」
 ちょうど近くにいた麦に呼びかけて、それに快く応じた麦がポニーテルを揺らして立ち上がる。
「ん。早いね。ロングだったら結構面倒でしょ、髪の毛まとめるの」
 と、自身もおろしたら腰よりちょっと上くらいの髪をもつ麦は感心顔。
「んー・・・・・・慣れかな。慣れ」
「何歳からやってるわけ。そういや、メイクもうまいよね」
 確かに。麦の言葉に納得する。いつもばっちりキメている朝日は、ぶっちゃけめっちゃカワイイ。たぶん陰でモテてる。告白された回数も、一回や二回じゃ足りなそうだしさ。
「赤ちゃんのときから、人形の髪の毛いじってたりするんじゃないの〜?」
 向日葵が具体的に、くるくると回転椅子を回しながら言った。
「いやいや。そんなことしてないって。つい最近だよ、始めたの。ヘアアレンジもメイクも。高校入ったくらい?」
 ヘアブラシで髪の毛を整えるその手つきは慣れたもの。とても一年前から始めたとは思えない手つきだ。
 ウソでしょ? と麦が露骨に驚いた。
「本当。恵奈(えな)たちの影響受けて、始めたんだ」
 教室の中では一際派手な人の名前を挙げながらも、朝日は手を止めない。
「へ〜」
「将来は、美容に関われる仕事がしたいって思ってる」
 将来。急にその単語が切り抜かれ、ずうんと重くのしかかる。
 高校一年生も暮れて、だんだん迫ってきた言葉だ。月に帰るつもりはないので、地上で仕事を探さなければならない、とそろそろ覚悟を決め始めていた。
「ていうかさ。さっき、やっぱり輝月に行ってたんだ、って言ってたけど」
 ちょっと引っかかったので聞いてみる。やっぱりってつまり、予想はついていたのだろうか。
「あ〜。いや、解散したあとも結構溜まってたわけ。で、自分のプレゼントどこ行ったかなって皆言い合いっこしててさ」
「ああ、確かに」
 そこまでは視界の端に捉えていた。
「でも輝月と月野くんだけいなくてさ」
「月野くん?」
 え、誰それ。
 心の中で思った率直な疑問はしっかりと三人に届いたらしい。
「ほらあの、今光源氏」
「そう、月野翔琉」
「あ、なんか輝月と怪しい関係なんじゃないかって囁かれてた人?」
「うわ、懐かし。いつの話、それ」
「梅雨のときとかでしょ。月野くんが入ってきたくらい。あれ、なんでなんだっけ?」
 ばーっと情報を出してくれて、ついでにいらない話もついて、翔琉の苗字が月野だということを知った。そして、彼女たちが、あの女子たちに引っ張られるように無闇にカケルくん、と呼ばないのは、すごく好ましいと思う。
「まあ、んで、私、運いいからさ。たぶん輝月に行ってるんだろうなって思ってた」
「へ〜。朝日、運いいの?」
「すごいよ。自慢する。子供の頃とか、絶対くじ引き三等以上当ててた。・・・・・・ほら、出来た。カワイイ! すごい似合ってるよ、輝月」
 鏡を二枚合わせて、後ろを見せてくれる。自慢の濡羽色にに淡い色合いの鼈甲が映えていて、一気に大人になった気分だ。
「こっちの方が、その髪の毛の使い道あってるって」
「うん。すごいカワイイ。スーツとか着てビル街でヒール鳴らしてても高校生ってバレなさそう」
 麦が率直に拍手して、向日葵はちょっと不思議な例え方で褒めてくれた。向日葵についてはかなり独特だけど、まあ実年齢+四歳前後、大人びて見えるようになったって解釈でオッケーかな。
 試してみるもんだ。
 無理して背伸びしてる人みたいにちぐはぐにならないかと、輝月の髪がマジェステに負けないかと不安だったけど、そんなことはない。むしろ負かすというよりふわりと沿って飾ってくれて、雰囲気まで大人っぽくしてくれる。
「すごい。ねえ、学校につけていこうよ! 今度皆でオソロ買ってさ」
「ちょっと、つけ方教えて朝日」
 輝月先生になるはずだったのにいつの間にかマジェステ講習会になっていたことは、友達三人引き連れてきた輝月に、あれだけ喜んでくれた養母には内緒。