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 最初の方はたどたどしかった会話も、一週間も経てば慣れてきて、すっかり揺るぎようのない居場所になった。
 朝日も今ではほとんど、大きいグループで無理ににこにこしていることはなくなった。外されて、一人になる心配が霧散したからだ。
「輝月、数学の課題教えて」
 ひょこりと机の前から覗いた頭を押し下げる。頭はいてっと小さくうめいて、次は横まで歩いてきた。
「教えて」
「向日葵・・・・・・やってないの?」
「うん、やってない。教えて」
 きっぱりと答えられて、その潔さにふとあの翔琉を重ねてしまう。
 朝日たちと仲良くなれたと報告したら、喜んでくれた翔琉。
 しかし、微かに微妙な顔をしていたのが、少し気になる。絶対なにか隠してる、と否応なく悟ってしまう。嘘が下手なところは、年を越しても変わらないのだ。
「お〜し〜え〜て〜」
「はいはい」
 するすると、差し出されたノートに解いて、解法も口で付け足してやる。全部翔琉から教えてもらったことの発展だけど。
「すご。やっぱり、輝月って頭いい」
 隣に来た麦が、切長の目を見張って言う。確かに、ここ数ヶ月、入学した当初よりも断然成績が伸びていた。多分翔琉のおかげだ、と思う。苦手だった数学の授業も、ついていける。
 まあ、感謝の気持ちとなにも返せない罪悪感は持っているが、月に帰る気はさらさらない。ましてや、地上でのもう一つの居場所ができたばかりなのだ。ますます帰る気がしない。
 と、そこまで思って、ふと気づいた。ああ、そうか。ますますここの滞在が楽しくなって月へ帰らないとなるのが嫌で、翔琉は微妙な顔をしたんだ。
「でも、最初の方ってあんまりテストの出来よくなかったよね? 特に数学とか」
 向日葵が言った。
「えっ、なんで知ってるの? ストーカー?」
「違うよ。後ろの席だったの。見えるんだよね案外。授業中とか寝ててさ、よく起こされてた。嬉しかったよ、あれ。席替えで離れて、したら起こさずにスルーする人もいるって知って。・・・・・・スルーする。スルーする。ははっ、駄洒落みたい」
 向日葵が、盛大に滑って一人で笑っている。それは、全員スルー。
 輝月は微苦笑を浮かべた。
「ああ! あれ面倒なんだけどね。起こした方がいいかなーって。やめなよ寝るの」
「すんません」
 気のない謝罪を返して、向日葵は続ける。
「まあ、だから、最初の方からちょっと気になってたんだよ。輝月のこと。友達になれてよかったあ、って感じ。朝日さまさまだね」
「そんなん、私だって・・・・・・嬉しいよ」
「はーいしみじみしない。私が哀れでしょうがない!」
 一番初対面だった麦が、ぱんぱんと手を叩いて雰囲気をぶった切る。
「すいませんね、ドラマチックになっちゃって。私は、輝月と去年夏に海水浴に行ったんですよー」
 彼女は彼女でこの展開を楽しんでいたらしく、べえっと朝日が舌を出す。
「あ〜、行ったね!」
「うん。彼に連れられて来たんだよね。友達入れてやってもいい? って言われて」
「そんな口実だったの?」
「うん。皆嫉妬心溢れる表情だった。彼女なんじゃないかって」
 恥ずかしい。道理で輪の中に入れてもらえなかったわけだ。
「途中で帰っちゃうし。正直話したかったけど、他の子たちが気にしなくていいんじゃない? って言ってて、それで引き留められなかった。ごめんね、あのときは」
「はーい終わり、この話も終わり。終了!」
 そんなことないと首を振ろうとしたら、再び麦が割り込んできた。
「ごめんってば」
「寂し〜、マウント取りまくりじゃん! サイテー」
「麦とは・・・・・・これからたくさん思い出を作っていこう?」
「あああ、輝月〜」
 ドラマのイケメンが言いそうなセリフを吐息多めで口にすると、麦が抱きついてきた。
「わかったわかった」
「あ! ねね、今度さ」
 内緒話をする子供のように目を輝かせて、朝日が自身の顔の近くに皆を呼び寄せる。輝月と麦はくっついたまま。
「勉、強、会。しな〜い?」 
「いいね。勉強会」
 すぐに同意の声が上がって、続け様に一言。
「輝月の家で」
「えぇ?」
 なんで。思わずもれた素っ頓狂な声に、クスクスと楽しげな笑い声があがる。
「だって、輝月が今回は先生だから」
「そうだね。ね、輝月先生」
「今週末で大丈夫そう?」
 大丈夫そうじゃない・・・・・・。
 とんとん拍子に進められる話に、思わずがくっと肩を落とす。その日だけは、気まぐれに翔琉がしてくる早めの来訪を断らないと。
「わかった。今週末ね」
 輝月はうなずいた。