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 月の都に住んでいたのはほんの一年前。だけど、記憶から抹消したい。
 輝月の中に何個も出来上がった、記憶を奥底に眠らせた引き出し。故郷の慣例、地位の決まり、法律や暮らし。その種類は多岐に渡る。
 今光源氏との出会いによりその中で比較的緩く閉じられていたいくつかが開いたことで、輝月は悩んでいた。
 乱れたベッドに座り、首を傾げる。
「そんなに、帝に子供っていらしたっけ・・・・・・?」
 古き良き都。ーーというのはいい解釈すぎる。
 今、地上に慣れた今だからこそ思う、なんとも古臭いあの場所。
 おしゃれな洋服も面白い番組、ドラマも、きらきら光るビルも甘いスイーツも、なにもかもない。まるで、明治、大正にでもタイムスリップしたような建物たち。
 ただ、なにかの事業で儲けたとか、宝くじ連続で一等当てまくったとか、あとはそれこそ帝や皇族とか。リッチな暮らしをする人は地上と同じような生活をすることだって可能だ。
 あちらには密かに地上とツテを持つ商売人がおり、そして、必然的に地上に生まれながら月の都の存在を、企業秘密レベルながら知ることを許された人もいる。そのおかげで、地上の文化や家具、機械などを『お取り寄せ』できるのだ。
 しかし、それは莫大な金を渡すことで成り立つ。一般人には夢のまた夢のまた夢ぐらいの生活。
 それでもカラーテレビは映ったし、ネットも、大きなコンピューターでしか使えず動画サイトこそないもののつながる。ささやかな情報社会ではあった。
 そんな世界でも、帝の子沢山、というフレーズは聞いたことがない。そのため、小さな違和感を抱いたのだ。
 しかし。
 考え事があっても、深く考え込まないタチの体は休養を欲しているらしい。だんだん眠くなってきた。やっぱり、どうしても地上より上の人たちの情報に接する機会が少ないんだし、そのせいだろう。
 もやもやする霧を無理矢理にかき分けて、輝月はベッドに倒れ込んだ。