「あのっ」
 実験室に移動しようと、教科書、教科書・・・・・・と机の中を探っていたとき、右の方から声がかかった。声の主は、ボブの女の子。
 ああ、クリスマス会のときの。すぐに思い当たった。朝日って呼ばれてた子だ。
 横には二人の女子が付き添っている。ショートながら編み込みなど髪の毛をうまく工夫している子と、明るめの髪を高い位置でポニーテールにしている子。
 なんの用だろう?
「はい?」
「一緒に、行かない?」
「あ・・・・・・うん」
 急いで荷物をまとめて、三人と一緒に教室を出る。ポニーテルを揺らして、笑顔で話しかけられる。
「えーっと、南條さん、だよね」
「うん。南條輝月」
「きづき?」
 聞き返されて、小さくうなずく。
「ええと、私は、朝日」
 これは、知ってる。またうなずく。ポニーテールの子が口を開いた。
(むぎ)。やだよね。髪の色、これ、ほぼ染めてないの。麦の色してるからさ」
「あたしは向日葵(ひまわり)。夏に生まれたから向日葵なんだって。単純なんだよね、ウチの親」
 それぞれに自己紹介をされて、輝月は、順繰りに目を見ながら名前を繰り返す。
「朝日ちゃんと、麦ちゃん、向日葵ちゃん」
「ちゃん、いらないよ。輝月」
 ばさっと麦に言われて、ごめんと思わず謝る。
「なんで謝るの〜。いいって、別に」
「いきなりだし、引くよね正直」
 朝日と向日葵に慰められ、輝月は笑い返す。
「全然、大丈夫」
 そういえばそうだ。なんで今日、いきなり?
 不思議に思ってふと思い返してみれば、今輝月たちのクラスは、冬休みを越してからというものインフルエンザに三分の一ほどを占領され、朝日のグループの女子、大半がやられて休んでいるのだ。
 思えばグループの輪にガンガン入って戯れあっている人々がすぐに感染し、ある程度節度を持って過ごしている朝日たちが感染を免れるのは理にかなったことだ。
 はっと物思いから抜けると、気まずそうな三人が目に入る。
 ああ、いけない。なにか、話しかけなきゃ。こんな話題提供が下手だったらすぐに離れていっちゃう。ちらちらとさりげなく三人に視線を向けて、ふと気づいた。そうだ。
「えっと・・・・・・皆、髪の毛、可愛いね」
「あっ。マジ? やった」
 にやりと朝日が笑った。
「え?」
「これ全部、朝日がやってるんだ。このポニーテール、横三つ編みになってるの」
 麦に横顔を見せてもらって、ああ確かに、と思う。細いけど、確かに可愛く編んであった。向日葵も、歩みを進めながらくるりと一回転してみせた。
「あたしのこの編み込みも。可愛いでしょ?」
「うん、すごく」
「今度、輝月の髪も触っていい?」
 朝日にきらきらした目で見つめられて、首を縦に振った。
「いいよ、全然」
「いい? やったあ」
 そう言って、朝日は喜ぶ。少し面食らったけど、まあ別に触られて減るものじゃないし。
「めちゃくちゃ綺麗だもんね。輝月の髪」
「本当? 嬉しい。自慢なんだ」
 何気ない向日葵の言葉にはにかむ。
 地上に降りて、家以外にできた初めての居場所。確固とした地面ではないけれど、それでもあるだけで十分だ。
 輝月はとても、嬉しかった。