かぐや姫、ときどきシンデレラ

 つつがなく八月が終わり、九月に入って、十月に文化祭も終え、十一月も普段と変わらず過ごした。
 昨年と違ったのは、虫時雨の中お月見を今光源氏としたことだ。強引に誘われて、押し切られて引っ張り出された。いつもこうだ。
 いつもはどちらかといえば周りにふよふよ漂う女子に流されて行動する男のくせに、輝月が関わるとなんでこんなに、謎に厚かましくなるんだろう。
 彼に対する幾つもの違和感が芽生えるどころか、すでに輝月の中で葉を生い茂らせ枝を張って育っていた。そろそろ剪定しないと、生活に支障をきたすくらいに。
 でも、切り出せずにいる。別に変じゃないよと、再びゴリ押しで終わりそうな予感がしなくもないからだ。輝月は決して口が達者ではない。だから、いつも押し負けてしまう。
 まあ、いいか。
 ベッドに寝転びふうっとため息をもらす。暖房が効いた部屋で、思わずうとうとしていると。
 がんがん、と窓が叩かれる音で、目が覚めた。かすかに人の声もする。
 あ、忘れてた。氷輪を映す窓に近づいていって、鍵を開ける。
「ごめ〜ん。うわっ、寒っ」
 ひゅぅう、と今光源氏と一緒に吹き込んできた雪まじりの風を、ぴしゃんと窓で遮った。
「寒っ、て・・・・・・俺はこの寒い中来てやったのに? 開けとけよぉっ」
 不満をこぼしながら、エアコンの下で、タイタニックの姿勢のままいつかの輝月のように両手で温風を受け止めている。ごめんごめんと再び謝罪を口にして、ぴっとリモコンで暖房を切った。
「うわ、えっ。えぇえ。ないじゃん、それは」
 途切れた恵みの風に、涙目で詰め寄られた輝月は、目を細めて呆れてみせた。
「はいはい。っていうか、千日通ってくるって言ったのあんただからね。私を責められても」
「でも、千日通って来いって言ったのは姫でしょ」
「私に帰れって言ったのも、あんた。あんたの身に降りかかってる諸悪の根源は、あんた。自業自得自縄自縛因果応報」
 珍しく言い負かされて、うっと詰まった今光源氏は、斜め上を見て沈黙している。
 それから、そういえばさ、と視線を戻した。
「姫、俺の名前、知ってるか?」
「知らない」
 あんた、あんたと連発しすぎただろうか。だよな、と今光源氏はうなずいた。
 思えば知らないのだ。躊躇なくすぱっと答えて、確かに知らない、と自分の答えに納得する。転校生自己紹介のとき寝ていたのだから。
「ていうか、姫なんて呼んでたっけ、俺のこと」
 今光源氏、と答えたら、なにそれ、と返ってくるに違いない。そうしたら、どうやって説明しよう?
 現代の光源氏のことなんて、光源氏はイケメンなんだよなんて、言えない・・・・・・。一人で赤くなって、首を振った。
「さあ。なんて呼んでたっけ」
「いま・・・・・・今、なんとかかんとかって、ほら、先生もさ。『今かぐや姫』みたいな。あれ、どういう意味?」
「えー。私、寝てたし」
 適当に誤魔化しておく。
「ふーん・・・・・・ま、いいけど。翔琉(かける)ね。翔琉。覚えといて」
「かける・・・・・・」
 二度も教えられて、口の中で繰り返す。ああ、確かに。女子たちにカケルくんって呼ばれてたっけ。月で通っていた小学校に同じ名前の子がいたから多少違和感はあるけど、まあ、褒めとこ。
「へぇ。かっこいい」
「えっ、興味ない? すごい棒読みじゃん」
「あ。バレた」
「もーっ。じゃなくて。今日はね」
 話を切り替えて、輝月に向き直る。なにか話があるらしい。
「クリスマスパーティー、参加しない?」
 まただ・・・・・・。よし。今回こそ断る!
 意味のわからない決意をして、顔を厳しく作る。
「嫌だよ」
「い・い・じゃ・ん! クラス皆来るって言ってたし」
 駄々っ子みたいに唇を尖らせ、それからまた、胸の前で手を組んで上目遣いにお願いしてくる。
「ね? この前みたいな思いは、させないから」
「・・・・・・っ」
 一瞬見惚れてから、ぶんぶん頭を振る。コイツ、いつの間にハニートラップなんか覚えたんだ! 危うく引っかかるところだったじゃないか。今光源氏の美貌を使われてはたまらない。
「ダメ。やだ」
「え〜。お願い! 同じベッドで寝かけた仲じゃん!」
「それはっ・・・・・・あんたが勝手にっ」
 初日のことだ。出会った日、母に見つからないように翔琉と抱き合うような格好でベッドに寝てしまった。そのときのことを思い出して赤くなる輝月を置いて、ますます翔琉は追い打ちをかけてくる。
「プレゼント交換あるから。ね?」
 プレゼント交換。
「夕食も、割り勘で出る。だから、お金はいるけど、輝月の分は内緒で俺が払うし」
 内緒で。
「もしかしたら、友達、できるかもだし」
 友達。
「ちょっとで抜けてもいいよ。俺も一緒に抜けるから」
 一緒に。
「ぅう・・・・・・わかった」
 ここまで言われたら、かえって断りにくいんだもん。ね? そうじゃない?
 輝月はうなずいた。その言葉にいつも通り、本当に? やったーっ、と喜んで、今光源氏、改め翔琉は帰って行く。
 まただ。もう、あそこまで押されたら首を横には振れないよ。かたく結んだ人の心を柔らかくするようなあの能力、マジ勘弁してほしい。
 そのくせ、自分の心にはなにかを抱え込んでいる。
 ある道に長けた人が、自分の持つ技術を悪い方向に使ってしまうと他人は手出しが難しくなるもの。
 もう、アイツ、人の心を剥くのが上手いのに、自分の心は何重にも覆い隠しちゃって。
 剥き方を知ってる分、その反抗方法もわかっている。ああ、タチ悪い。
 一人で怒りながら、頭の隅ではプレゼントはなにがいいかなあ、と考え始めていた。
「あっ、南條(なんじょう)さん!」
 一年半、その苗字を使ってきたけど、未だ慣れていない。
 なんじょう、南條・・・・・・あ、私だ。後ろから呼びかけられて、消化してから振り向いた。
「はい」
「来てたんだ」
「あ・・・・・・」
 海に来てた女子の一人だ。ただ一人、話しかけてくれた風変わりなお人。
 月の都よりももっと身を飾る技術は進んでいる。髪だって巻くだけではなく、茶色やときにはピンクなんかにも染めることができる。この人も、例にもれずにきらきら着飾っていた。
 毎朝懇切丁寧に巻いているのだろう、ふわりとまとめられ少しの崩れも見せない外はねのボブに、やっぱりここのJKらしくグロスで彩られた唇が、にこっと笑った。
「こんにちは」
「こん・・・・・・にち、は?」
 なんで私?
 心は驚いていたけど、表面はどぎまぎしながら、一応軽く会釈しておく。
朝日(あさひ)! なにしてるの?」
「あっ・・・・・・今行く!」
 後ろの派手な集団からかかった声に、その女子、朝日は答えて、それからこっちに向かってウインクでもするように、じゃあまた、と言った。
 明るく振る舞っているけど、今の様子や海水浴のときの反応から、この人が集団の圧に苦しんでいるのではないかということは容易に予想がつく。
 歓声と話し声がごった返す中で輝月は一人、隅のソファ席に座り、ぼんやりと辺りを眺めていた。
 クラスメイトの両親が経営しているカフェを貸し切り、どこからか特大のクリスマスツリーを持ってきて、派手なクリスマスパーティーである。
「姫。どお? 友達はできた?」
 隣に翔琉が座る。もう、人の目があるところでは絡まないでって言ってるのに。かなり不満に思うけど、まあ、隅っこだし誰も注目しないからいいか。
「できるわけないじゃん」
 皆が皆、人と触れ合うことがあんたみたいに簡単じゃないのよ・・・・・・ついっと顔をそらす。
「え〜。いい人は?」
「いい人って」
 その言い表し方に、つい合コンかよ、と突っ込みたくなる。輝月の苦笑をいいじゃんといなして、今光源氏は言い直した。
「気が合う人、みたいなの、いなかった? 話しかけてくれたり、さ」
「話しかけて・・・・・・」
 ふっと一人の笑顔が脳裏によぎった。
 あっ、南條さん! 来てたんだ。こんにちは。
 ・・・・・・ああ、ダメダメ。変な期待しちゃいけない。舞い上がったらその分、落ちたときに辛いんだから。急いで頭を振り、追い払った。
「いないよ、・・・・・・そんな、変な人」
「ふーん。そう」
 いかにもつまらなそうにうなずいて、翔琉はテーブルに頬杖をついた。
 そのときいきなり、拍手とともに声がかかった。
「メインイベント〜」
「プレゼント交換しよう!」
 カフェの真ん中に空間が作られる。ずらりと椅子が並べられ、一人一人そこに座った。
「皆、プレゼント出して〜」
 おっ、と翔琉が表情を明るくする。
「ほら行こう。姫」
 ぐっと手首を引かれて、輝月は立ち上がった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「えぇ〜・・・・・・クリスマスまで来るの? 別に、来なくてもいいのに」
 昨日、クリスマス・イヴも来たし、その上さっき、カフェで解散したばっかじゃん。
「いや、来る」
 輝月はその一点の曇りもないきっぱりした言葉になんと打ち返せばいいのかわからず、ため息をつきながら窓を閉める。
「もう・・・・・・」
「なに、その嫌そうな顔」
 してないよ、とめんどくさそうな顔に作り変えて、勉強机の椅子に座る。翔琉は窓の近くの壁にもたれて立っていた。
「今で何ヶ月? えーっと、六、七、八、九、十、十一・・・・・・七ヶ月目になるんだ。おお、七ヶ月」
 指折り数えて、翔琉は感心したように顔を輝かせた。いつの間にか一ヶ月、二ヶ月と年月は過ぎてゆき、ついに半年も越したらしい。
「ね、姫、クリスマス会、楽しかったでしょ?」
「ん? まあ、ね」
 急に変わった話に、気のない同意する。でも、ウソじゃない。
 海水浴のことはほとんど誰も覚えていなくて、最近は翔琉も人目につくところでは付き合いを避けていたから、話の輪には入れなかったものの、あからさまな仲間はずれにもあわず、普通に楽しめた。
「あ、あれ」
 翔琉の視線が、ベッドの上の小さな袋に吸い寄せられている。クリスマス会でもらった、プレゼントだ。
 解散したあと、あ、それ私の、とか俺が買ったやつだ、とか話してたけど、話す相手なんていない輝月は直帰したので、誰からのものかはわからない。
 なので、少し怖いのである。
「開けないの?」
「あ・・・・・・いや、今、開ける」
 輝月の元へやってきたプレゼントの中身は、マジェステだった。一見バレッタみたいなヘアアクセサリーで、束ねた髪に金具を刺し、簪のように留めるもの。ちなみに、初めて見たから全部調べた。
 どうやらマジェステの基本は鼈甲タイプが基本らしくて、これも例にもれずに鼈甲だった。
「お、似合いそうじゃん!」
 窓の近くに立つ翔琉が、横でにこにこしてる。その笑顔から顔を背けて、輝月は答えた。
「・・・・・・そんなことないでしょ」
 普段、まったく髪を結ばない輝月。腰まである自慢の髪の毛は、いつも垂らしたままだ。
 かといって無下に捨ててしまうのももったいないし、これを選んでくれた名も知らぬ子にも申し訳ないし、なにより色使いがなんとも可愛い。
 腕を伸ばして、勉強机の奥に立てて飾っておく。
「え? つけないの?」
「・・・・・・つけ方、あんまよくわかんなかったし」
 それに、似合わないに決まってる。こんな、大人っぽい髪飾り。
 心の中でつぶやいて、ため息をもらした。
「あのっ」
 実験室に移動しようと、教科書、教科書・・・・・・と机の中を探っていたとき、右の方から声がかかった。声の主は、ボブの女の子。
 ああ、クリスマス会のときの。すぐに思い当たった。朝日って呼ばれてた子だ。
 横には二人の女子が付き添っている。ショートながら編み込みなど髪の毛をうまく工夫している子と、明るめの髪を高い位置でポニーテールにしている子。
 なんの用だろう?
「はい?」
「一緒に、行かない?」
「あ・・・・・・うん」
 急いで荷物をまとめて、三人と一緒に教室を出る。ポニーテルを揺らして、笑顔で話しかけられる。
「えーっと、南條さん、だよね」
「うん。南條輝月」
「きづき?」
 聞き返されて、小さくうなずく。
「ええと、私は、朝日」
 これは、知ってる。またうなずく。ポニーテールの子が口を開いた。
(むぎ)。やだよね。髪の色、これ、ほぼ染めてないの。麦の色してるからさ」
「あたしは向日葵(ひまわり)。夏に生まれたから向日葵なんだって。単純なんだよね、ウチの親」
 それぞれに自己紹介をされて、輝月は、順繰りに目を見ながら名前を繰り返す。
「朝日ちゃんと、麦ちゃん、向日葵ちゃん」
「ちゃん、いらないよ。輝月」
 ばさっと麦に言われて、ごめんと思わず謝る。
「なんで謝るの〜。いいって、別に」
「いきなりだし、引くよね正直」
 朝日と向日葵に慰められ、輝月は笑い返す。
「全然、大丈夫」
 そういえばそうだ。なんで今日、いきなり?
 不思議に思ってふと思い返してみれば、今輝月たちのクラスは、冬休みを越してからというものインフルエンザに三分の一ほどを占領され、朝日のグループの女子、大半がやられて休んでいるのだ。
 思えばグループの輪にガンガン入って戯れあっている人々がすぐに感染し、ある程度節度を持って過ごしている朝日たちが感染を免れるのは理にかなったことだ。
 はっと物思いから抜けると、気まずそうな三人が目に入る。
 ああ、いけない。なにか、話しかけなきゃ。こんな話題提供が下手だったらすぐに離れていっちゃう。ちらちらとさりげなく三人に視線を向けて、ふと気づいた。そうだ。
「えっと・・・・・・皆、髪の毛、可愛いね」
「あっ。マジ? やった」
 にやりと朝日が笑った。
「え?」
「これ全部、朝日がやってるんだ。このポニーテール、横三つ編みになってるの」
 麦に横顔を見せてもらって、ああ確かに、と思う。細いけど、確かに可愛く編んであった。向日葵も、歩みを進めながらくるりと一回転してみせた。
「あたしのこの編み込みも。可愛いでしょ?」
「うん、すごく」
「今度、輝月の髪も触っていい?」
 朝日にきらきらした目で見つめられて、首を縦に振った。
「いいよ、全然」
「いい? やったあ」
 そう言って、朝日は喜ぶ。少し面食らったけど、まあ別に触られて減るものじゃないし。
「めちゃくちゃ綺麗だもんね。輝月の髪」
「本当? 嬉しい。自慢なんだ」
 何気ない向日葵の言葉にはにかむ。
 地上に降りて、家以外にできた初めての居場所。確固とした地面ではないけれど、それでもあるだけで十分だ。
 輝月はとても、嬉しかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
 最初の方はたどたどしかった会話も、一週間も経てば慣れてきて、すっかり揺るぎようのない居場所になった。
 朝日も今ではほとんど、大きいグループで無理ににこにこしていることはなくなった。外されて、一人になる心配が霧散したからだ。
「輝月、数学の課題教えて」
 ひょこりと机の前から覗いた頭を押し下げる。頭はいてっと小さくうめいて、次は横まで歩いてきた。
「教えて」
「向日葵・・・・・・やってないの?」
「うん、やってない。教えて」
 きっぱりと答えられて、その潔さにふとあの翔琉を重ねてしまう。
 朝日たちと仲良くなれたと報告したら、喜んでくれた翔琉。
 しかし、微かに微妙な顔をしていたのが、少し気になる。絶対なにか隠してる、と否応なく悟ってしまう。嘘が下手なところは、年を越しても変わらないのだ。
「お〜し〜え〜て〜」
「はいはい」
 するすると、差し出されたノートに解いて、解法も口で付け足してやる。全部翔琉から教えてもらったことの発展だけど。
「すご。やっぱり、輝月って頭いい」
 隣に来た麦が、切長の目を見張って言う。確かに、ここ数ヶ月、入学した当初よりも断然成績が伸びていた。多分翔琉のおかげだ、と思う。苦手だった数学の授業も、ついていける。
 まあ、感謝の気持ちとなにも返せない罪悪感は持っているが、月に帰る気はさらさらない。ましてや、地上でのもう一つの居場所ができたばかりなのだ。ますます帰る気がしない。
 と、そこまで思って、ふと気づいた。ああ、そうか。ますますここの滞在が楽しくなって月へ帰らないとなるのが嫌で、翔琉は微妙な顔をしたんだ。
「でも、最初の方ってあんまりテストの出来よくなかったよね? 特に数学とか」
 向日葵が言った。
「えっ、なんで知ってるの? ストーカー?」
「違うよ。後ろの席だったの。見えるんだよね案外。授業中とか寝ててさ、よく起こされてた。嬉しかったよ、あれ。席替えで離れて、したら起こさずにスルーする人もいるって知って。・・・・・・スルーする。スルーする。ははっ、駄洒落みたい」
 向日葵が、盛大に滑って一人で笑っている。それは、全員スルー。
 輝月は微苦笑を浮かべた。
「ああ! あれ面倒なんだけどね。起こした方がいいかなーって。やめなよ寝るの」
「すんません」
 気のない謝罪を返して、向日葵は続ける。
「まあ、だから、最初の方からちょっと気になってたんだよ。輝月のこと。友達になれてよかったあ、って感じ。朝日さまさまだね」
「そんなん、私だって・・・・・・嬉しいよ」
「はーいしみじみしない。私が哀れでしょうがない!」
 一番初対面だった麦が、ぱんぱんと手を叩いて雰囲気をぶった切る。
「すいませんね、ドラマチックになっちゃって。私は、輝月と去年夏に海水浴に行ったんですよー」
 彼女は彼女でこの展開を楽しんでいたらしく、べえっと朝日が舌を出す。
「あ〜、行ったね!」
「うん。彼に連れられて来たんだよね。友達入れてやってもいい? って言われて」
「そんな口実だったの?」
「うん。皆嫉妬心溢れる表情だった。彼女なんじゃないかって」
 恥ずかしい。道理で輪の中に入れてもらえなかったわけだ。
「途中で帰っちゃうし。正直話したかったけど、他の子たちが気にしなくていいんじゃない? って言ってて、それで引き留められなかった。ごめんね、あのときは」
「はーい終わり、この話も終わり。終了!」
 そんなことないと首を振ろうとしたら、再び麦が割り込んできた。
「ごめんってば」
「寂し〜、マウント取りまくりじゃん! サイテー」
「麦とは・・・・・・これからたくさん思い出を作っていこう?」
「あああ、輝月〜」
 ドラマのイケメンが言いそうなセリフを吐息多めで口にすると、麦が抱きついてきた。
「わかったわかった」
「あ! ねね、今度さ」
 内緒話をする子供のように目を輝かせて、朝日が自身の顔の近くに皆を呼び寄せる。輝月と麦はくっついたまま。
「勉、強、会。しな〜い?」 
「いいね。勉強会」
 すぐに同意の声が上がって、続け様に一言。
「輝月の家で」
「えぇ?」
 なんで。思わずもれた素っ頓狂な声に、クスクスと楽しげな笑い声があがる。
「だって、輝月が今回は先生だから」
「そうだね。ね、輝月先生」
「今週末で大丈夫そう?」
 大丈夫そうじゃない・・・・・・。
 とんとん拍子に進められる話に、思わずがくっと肩を落とす。その日だけは、気まぐれに翔琉がしてくる早めの来訪を断らないと。
「わかった。今週末ね」
 輝月はうなずいた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「そう。そのメンバーと勉強会するの。だから、結構遅めに来てもらいたいんだ」
「わかった。ていうか、姫。来るのはいいんだね?」
 翔琉が憎らしく言うので、輝月は、帰る気は毛頭ないくせに、つんとそっぽを向いて言い返してやる。
「来ないなら、月に帰る話はもうたち消えだね」
「いやっ、ウソウソ。ごめんって」
 慌てまくる翔琉。やっぱり、変だよね。胸にわだかまり続けていた疑問が、またぞろ動き出す。今なら答えてくれるかな。ガラスの扉、内側から開けてくれるかな。
「ねえ、なんでそんなに私を帰したいの?」
「それは・・・・・・っじゃなくて。人助けって言ったでしょ。あぁ〜、気持ちいいんだよなぁ。人助け」
 まだダメか。バレバレな言い訳を聞き流して、内心でため息をついた。人助けでこんなに親身になれるなんてよっぽどだもん。モテモテだった光源氏でもしないでしょ。絶対に、なにか別の理由があるはず。
「ねえ姫、今度さ、また月に帰ろうよ」
「え、またぁ?」
 この前は翔琉がホームシックになっているのではと気遣って帰郷したけど。
「嫌だ」
 今回は、帰る理由がない。前回の気遣いも勘違いで意味なかったし。またばったり八宵と会ったら最悪だから、嫌だ。
「なんで。前はいいよって、しかも自分から帰るって言ったのに」
「だから、それはぁ・・・・・・」
 え、気遣いに気付いてない? いいんだけどさぁ。ムカつく。かといって気を遣ってやったんだよって自分からネタバラシするほど私、心が冷たくはないんで。
「お金すごいことになるじゃん」
「大丈夫だって、金銭面の話なら。もう、変なとこに気、遣わないで」
 こっちがどこに気を遣ってるか知らないくせに、この野郎。なにを・・・・・・っと危ない。なんでもないです。
 めちゃくちゃに荒れかけた心を押し隠し、なんとかこの申し出を断らなければ、と思案顔を作る。しかし、いい理由が思いつかず、曖昧さを押し切ったような、なんとも煮え切らない表現になってしまった。
「いや、他にもあるの!」
「あ・・・・・・そうだったな。ごめん、忘れてた。八宵だ。またいじめられるのが怖いんだな?」
 根本の原因が八宵だということを思い出したらしい。
 そんな過激な理由じゃなく、他のことで断りたかったんだけどなー・・・・・・八宵の話をしたとき、結構翔琉ショック受けてたから気を遣ってやってたのに。鈍いにも程があるってものでしょ。
 うなだれるようにうなずいて、輝月はふと疑問に思った。あれ? 翔琉の前で私、八宵って単語、口にしたっけかな。
「そうか」
 急に沈んだ声を出して、翔琉は返事をした。
 あ〜あ、ほらね? 凹んだ。でもまあ、これで月に帰ろうとは言ってこないでしょう。不本意ながら、ひとまずよしとする。
「でも、姫」
「ん?」
「原因、わからないんだろ? ちょっと気にならないか」
「気にはなるけど」
 でも、別に、知らなくていい。私がなにをしたかも、私の立場がどんなものかも。
「なんでいきなりそんなこと言うの?」
「実は心当たり・・・・・・じゃなくて、ううん。聞きに帰ろう。月に」
 なに言ってるの、この人。
「はっ? いや、嫌だよ。いいもん、知らなくて。じゃあね、バイバイさよなら」
 問答無用で、ぐいぐい窓の方に押しやる。
「えっ、ちょ、姫?」
 がらっと窓を開けて、半ば追い出すようにして外へと押す。下は屋根だから、すぐには落ちないはずだ。遮断するように、勢いよく窓を閉めた。
「姫?」
 くぐもった声が聞こえてきて、輝月は顔を背ける。
「姫っ、逃げるな!」
 逃げちゃダメだ、ちゃんと理由を教えてもらおう。輝月がなにをしたかも、輝月の立場がどんなものかも。
 知っている。私は、逃げた。逃げ出した。逃げて、失敗して、それでも逃げる。
 情けなくても、人間としてダメダメでも、それでもあの狂気の裏に、どんな忌まわしい理由が引っ付いているのか、それは知りたくなかった。
 怖いのに。触れたら怪我をすると知っているのに。なぜ立ち向かわなければならないの?
 火に自ら入っていくのは夏の虫だけで十分だ。
「一緒に、行くから。一緒に、八宵に立ち向かうから」
 だから姫、帰ろう──。
 ガラス越しの籠った声が、輝月の部屋に響いていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「これ!」
 朝日がなにかに驚いたらしく、大声を出した。
 え、なんか翔琉、男物の忘れ物でもしたかな? やばい、バレるじゃん! うわああああ最悪!
 人は、他人に知られたくないことを抱えていると、自然思考がそちらに偏る。輝月も例外ではなく、ズレにズレまくった勘違いをした。
「うわあっ、見ないでええっ」
「なんで? いいじゃん。私のプレゼント、やっぱ輝月に行ってたんだ。よかった〜、男に行ってなくて」
「・・・・・・へ? えっ?」
 プレゼント?
「え? これ。マジェステ」
 よく見れば、朝日は勉強机の前で驚いている。ああ、それ?
「クリパのプレゼント交換のときのでしょ? え、忘れられてたの? 悲しいじゃん」
 麦がにやにやしながら朝日をからかう。あ、誤解されてる。
「違くて。つけ方分からなかったの」
「あー」
 確かに、一見わかりにくいかもね。
 朝日は納得したようで、すいっとそれを手に取った。
「結んであげる。なんだかんだで髪の毛触るの、出来てなかったし」
「えっ、いいの?」
「うん。ロングだからアレンジもしやすいし。でも、麦みたいに全部あげたら寒いし。ん〜、ひとまず今は、お嬢様っぽくお団子風ハーフアップにしよ。ほら、あのディズニーの美女と野獣の美女の方のほら、ベルみたいな感じ」
 そこまで一人でばーっと喋って、ベッドに輝月を座らせ、自身はカバンから大きなポーチを取り出してその後ろに回り込む。
 麦と向日葵はてんでに床や椅子に座ってその様子を見つめていた。
「痛かったら言ってね?」
 前置きして、朝日は黒髪を梳き始めた。
「うわ。向日葵よりさらさらなんだけど」
 と、ショートヘアの向日葵を一瞥する。
「ま、輝月だからね」
「どういうことよ」
 さりげなくディスられたくせに応じず、噛み合ってない返事が返ってきて、思わず苦笑をこぼした。そうこうしてるうちに、朝日はブラシを一度手放して、手際よく横髪をざっくりと集め始めている。
「ちょっと麦、ゴム取ってもらっていい?」
 ちょうど近くにいた麦に呼びかけて、それに快く応じた麦がポニーテルを揺らして立ち上がる。
「ん。早いね。ロングだったら結構面倒でしょ、髪の毛まとめるの」
 と、自身もおろしたら腰よりちょっと上くらいの髪をもつ麦は感心顔。
「んー・・・・・・慣れかな。慣れ」
「何歳からやってるわけ。そういや、メイクもうまいよね」
 確かに。麦の言葉に納得する。いつもばっちりキメている朝日は、ぶっちゃけめっちゃカワイイ。たぶん陰でモテてる。告白された回数も、一回や二回じゃ足りなそうだしさ。
「赤ちゃんのときから、人形の髪の毛いじってたりするんじゃないの〜?」
 向日葵が具体的に、くるくると回転椅子を回しながら言った。
「いやいや。そんなことしてないって。つい最近だよ、始めたの。ヘアアレンジもメイクも。高校入ったくらい?」
 ヘアブラシで髪の毛を整えるその手つきは慣れたもの。とても一年前から始めたとは思えない手つきだ。
 ウソでしょ? と麦が露骨に驚いた。
「本当。恵奈(えな)たちの影響受けて、始めたんだ」
 教室の中では一際派手な人の名前を挙げながらも、朝日は手を止めない。
「へ〜」
「将来は、美容に関われる仕事がしたいって思ってる」
 将来。急にその単語が切り抜かれ、ずうんと重くのしかかる。
 高校一年生も暮れて、だんだん迫ってきた言葉だ。月に帰るつもりはないので、地上で仕事を探さなければならない、とそろそろ覚悟を決め始めていた。
「ていうかさ。さっき、やっぱり輝月に行ってたんだ、って言ってたけど」
 ちょっと引っかかったので聞いてみる。やっぱりってつまり、予想はついていたのだろうか。
「あ〜。いや、解散したあとも結構溜まってたわけ。で、自分のプレゼントどこ行ったかなって皆言い合いっこしててさ」
「ああ、確かに」
 そこまでは視界の端に捉えていた。
「でも輝月と月野くんだけいなくてさ」
「月野くん?」
 え、誰それ。
 心の中で思った率直な疑問はしっかりと三人に届いたらしい。
「ほらあの、今光源氏」
「そう、月野翔琉」
「あ、なんか輝月と怪しい関係なんじゃないかって囁かれてた人?」
「うわ、懐かし。いつの話、それ」
「梅雨のときとかでしょ。月野くんが入ってきたくらい。あれ、なんでなんだっけ?」
 ばーっと情報を出してくれて、ついでにいらない話もついて、翔琉の苗字が月野だということを知った。そして、彼女たちが、あの女子たちに引っ張られるように無闇にカケルくん、と呼ばないのは、すごく好ましいと思う。
「まあ、んで、私、運いいからさ。たぶん輝月に行ってるんだろうなって思ってた」
「へ〜。朝日、運いいの?」
「すごいよ。自慢する。子供の頃とか、絶対くじ引き三等以上当ててた。・・・・・・ほら、出来た。カワイイ! すごい似合ってるよ、輝月」
 鏡を二枚合わせて、後ろを見せてくれる。自慢の濡羽色にに淡い色合いの鼈甲が映えていて、一気に大人になった気分だ。
「こっちの方が、その髪の毛の使い道あってるって」
「うん。すごいカワイイ。スーツとか着てビル街でヒール鳴らしてても高校生ってバレなさそう」
 麦が率直に拍手して、向日葵はちょっと不思議な例え方で褒めてくれた。向日葵についてはかなり独特だけど、まあ実年齢+四歳前後、大人びて見えるようになったって解釈でオッケーかな。
 試してみるもんだ。
 無理して背伸びしてる人みたいにちぐはぐにならないかと、輝月の髪がマジェステに負けないかと不安だったけど、そんなことはない。むしろ負かすというよりふわりと沿って飾ってくれて、雰囲気まで大人っぽくしてくれる。
「すごい。ねえ、学校につけていこうよ! 今度皆でオソロ買ってさ」
「ちょっと、つけ方教えて朝日」
 輝月先生になるはずだったのにいつの間にかマジェステ講習会になっていたことは、友達三人引き連れてきた輝月に、あれだけ喜んでくれた養母には内緒。
「あぁ〜、もうマジやだ」
「輝月、こういうことはちゃんと向き合わないとダメだよ」
 月の都行きのバス、待宵号で、悲鳴に等しい不満をこぼした輝月に、翔琉はまるで五歳の子供を諭すかのように言った。
「だって、怖いんだもん」
「そういうことも、人生においてはある」
 確かにだけどっ、おそらく学校においてはあと一度、社会に出てからは数えきれないだろうけど!
 でも、友達とわざわざ引き離すことなくない?
 百パー先生の策略だよね。新しい友達を、友好関係を広げるとかいうけどさ、そんなの人と打ち解けるの苦手な人にとっては大きなお世話だし。
 先生たちはこの子とこの子を離してやろうとか計画してないっていうけど、それなら多分世界の決まりとしてクラス替えっていうのは仕組まれてるんだと思う。
「でもさぁ・・・・・・必要ないでしょ、あんなの」
「必要だよ。大事なこと」
 それから、はあっとわざとらしくため息をつく。
「あ〜もう、ごめんって」
 ここで、ようやく気づいた。
 あれ? なんか話が噛み合ってない気がする。
「なんであんたが謝るの」
 輝月理論としてだと、完全この世界が悪いのに。・・・・・・中二病じゃないよ?
「俺が無理に連れ出してきちゃったから」
「なんだ。そのことなら、とっくに覚悟はできてるよ」
 これから先、八宵よりもたくさん立ち向かうどころか乗り越えたり、場合によっては壊したりしないといけないこともあるのだ。
「じゃあなんの話だったわけ?」
「クラス替え」
「なんだ。クラス替え? 大丈夫でしょ」
 なんて気楽に言うけど。
 そりゃあんたはね。根っから性格が違いますから。
「大丈夫じゃないんだよそれが・・・・・・」
 朝日たちと出会い仲良くなれるまで十ヶ月近く使ったのだ。毎年こんな調子だと、出会っては一ヶ月ちょいで別れ、を繰り返すことになる。今回は朝日たちが声をかけてくれたけど、最悪、友達ができない可能性もあるし。いや、そっちの確率の方が高いかな?
 あ〜、悲劇でしかない。
「でも、俺も同じクラスだし、仲良い子も一人、いたじゃん」
 そうなのだ。翔琉と朝日は同じクラスになったけど、向日葵と麦は別のクラスになってしまった。まあ、向日葵、麦は一緒のクラスだから比較的マシなんだし、まあ朝日の運の良さには感謝するけど。
「だけどさ」
 どうせなら四人揃いたかったなぁ。
 カップルでもなんでもないから、特に一周年も特に祝わず過ごし、もう八月も終盤だ。
 なのに、教室で朝日以外に話しかけてくれる人が、いない!
「八宵のことはそれより大事なことだろ」
「ん・・・・・・まあ、そう、だよね」
 翔琉に言われて、心臓がばくばくうるさい自分に気づいた。また逃げてたんだ、私。クラス替えという些細な事の方に。
 そっと息を吸って、輝月は翔琉の心の中のガラスに向き合うことにした。
「翔琉。あの、八宵、って」
「うん」
「知らないよね、名前・・・・・・言ったこと、あったっけ」
 たぶんないんだよね、別に理由はないけど、なんとなくぼやかしてたから。遠慮がちな問いに、翔琉の顔がぴくっと強張った。いやわかりやすっ。やっぱりガラスに触れる点だったのか。
 輝月を月に返したい理由に、八宵が絡まっている? いや、そもそも輝月が月を出た理由が八宵だから知ってるだけ? 情報収集してた? もしかしてストーカー?
 翔琉ストーカー説出てきた、やばい、暴走してる。落ち着け落ち着け。
「あ〜・・・・・・」
 弱々しく空を彷徨っていた翔琉の視線が、ぴたりと止まった。
「八宵のお父さん、つまり孤児院の院長が、父と知り合いで。よく遊びに来てたから」
 遊びに来ていた。その言い方なら、もっと親密そうなものだけど。
 でも、院長が月帝と繋がりを持っていたのは本当だし、そのせいで今の、地上に落とされた輝月はいるわけだし、翔琉の視線のうろつき具合がいつもよりはマシであることからしてまるっきりの嘘ではなさそうだ。
「そっか。そうだったね」
 もっと詰めることは出来たのに、そっとガラスから離れ、輝月は相槌を打つ。
 八宵に会って聞けば、わかることは増えるはず。それまでは別に、無理してなにかを知らなくてもいいんだから、と。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「可愛い」
 唐突に、言われた。急いで横を見ると、翔琉に後ろを覗き込まれている。
「え?」
「それ。クリスマスのときのやつでしょ?」
 ああ、これのこと。
 ローポニー×くるりんぱにした髪の毛の、結び目を触る。かすかに冷たい感触に、思わず微笑んだ。朝日からいろいろなヘアアレンジを教えてもらって、それ以来機会があれば結び、これも付けている。
「マジェステ。だったよな?」
「覚えてたの? 簪と笄の違いもわかんなかったのに」
「マジェステは覚えた」
 へえ、そう。からかうつもりで言ったのに、大真面目で返されてちょっと面食らう。
 すると、隣を通り過ぎかけた店から、声がかかった。
「あっ、坊ちゃん。・・・・・・と、彼女さん?」
「かのっ・・・・・・彼女って。違うよ」
 翔琉が顔を赤くして抗議する。たぶん遊ばれてるな、と思った。
 よく見れば、いつかのヘアアクセを売る店と、そこの店員さんだろうか、綺麗な女性だった。
「じゃ、ガールフレンド?」
「まあ、ある意味そう。直訳したら、だけど」
 女友達。
 確かに、適切な言葉だ。
「へぇ」
 女性が明らかにつまらなそうな顔になる。この様子からして、十歳くらい年下でも翔琉を異性として好いていて、一緒に来ている輝月に敵意丸出し、なんていう人じゃなさそうだ。
「輝月って言います」
「あの、有名な今かぐや姫ね」
 と、翔琉による注釈がつく。
 今かぐや姫って・・・・・・なんか既視感、というか既聴感? を覚えるんだけど。てか私、ここではそれで通ってるの?
「えっ。あの? どんなことしたの・・・・・・って、やだよね、聞かれるの。ええと、輝月ちゃん」
 いい人だ。
 輝月はその言葉だけで女性を大好きになった。余計な詮索を挟まないところが養父母に似ている。ふと、両親になにかお土産を買ってもいいかもしれないと思う。
「なんか買っていかない? いろいろあるよ、髪飾り」
「えっと。じゃあ、マジェステとか、あります?」
「あるある。めっちゃカワイイのある。あれならまあここでも作れるからね。今人気だよ。地上風ファッション。輝月ちゃんのそれもマジェステだよね?」
「はい」
「だよね。似合ってる」
「友達にもらったんです」
「いいなあ。よし、おいで」
 古臭い、ではなく、胸を張ってレトロと言えるおしゃれな店内に誘い込まれる。
「ここらへん、全部マジェステ」
「おぉ〜!」
 輝月は意図せず歓声を上げていた。鼈甲タイプはもちろん、丸や三角、四角などフレーム風、そのフレームにビーズが付いたものなどバリエーション豊富に取り揃えられている。
 カワイイから大人っぽいまで、向日葵の表現風にすると、クールキャラがツインテールにこれつけてパフェ食べてても違和感なさそうなものから、また、輝月がデスクでパソコン向き合って、バリバリOLしてても高校生ってバレなさそうってものまで。
 あ、どうせなら四人分買って、お土産にしよう。お小遣いは持ってきている。確か、地上の通貨でも使えるはず。
 この大人っぽいのは麦かな、いや朝日か。この、夏らしい青空に向日葵があしらわれたのは不動で絶対向日葵。
 このあとのことも全部頭から飛ばして考え込んだ輝月の横で、追いついてきた翔琉が苦笑していた。