つつがなく八月が終わり、九月に入って、十月に文化祭も終え、十一月も普段と変わらず過ごした。
 昨年と違ったのは、虫時雨の中お月見を今光源氏としたことだ。強引に誘われて、押し切られて引っ張り出された。いつもこうだ。
 いつもはどちらかといえば周りにふよふよ漂う女子に流されて行動する男のくせに、輝月が関わるとなんでこんなに、謎に厚かましくなるんだろう。
 彼に対する幾つもの違和感が芽生えるどころか、すでに輝月の中で葉を生い茂らせ枝を張って育っていた。そろそろ剪定しないと、生活に支障をきたすくらいに。
 でも、切り出せずにいる。別に変じゃないよと、再びゴリ押しで終わりそうな予感がしなくもないからだ。輝月は決して口が達者ではない。だから、いつも押し負けてしまう。
 まあ、いいか。
 ベッドに寝転びふうっとため息をもらす。暖房が効いた部屋で、思わずうとうとしていると。
 がんがん、と窓が叩かれる音で、目が覚めた。かすかに人の声もする。
 あ、忘れてた。氷輪を映す窓に近づいていって、鍵を開ける。
「ごめ〜ん。うわっ、寒っ」
 ひゅぅう、と今光源氏と一緒に吹き込んできた雪まじりの風を、ぴしゃんと窓で遮った。
「寒っ、て・・・・・・俺はこの寒い中来てやったのに? 開けとけよぉっ」
 不満をこぼしながら、エアコンの下で、タイタニックの姿勢のままいつかの輝月のように両手で温風を受け止めている。ごめんごめんと再び謝罪を口にして、ぴっとリモコンで暖房を切った。
「うわ、えっ。えぇえ。ないじゃん、それは」
 途切れた恵みの風に、涙目で詰め寄られた輝月は、目を細めて呆れてみせた。
「はいはい。っていうか、千日通ってくるって言ったのあんただからね。私を責められても」
「でも、千日通って来いって言ったのは姫でしょ」
「私に帰れって言ったのも、あんた。あんたの身に降りかかってる諸悪の根源は、あんた。自業自得自縄自縛因果応報」
 珍しく言い負かされて、うっと詰まった今光源氏は、斜め上を見て沈黙している。
 それから、そういえばさ、と視線を戻した。
「姫、俺の名前、知ってるか?」
「知らない」
 あんた、あんたと連発しすぎただろうか。だよな、と今光源氏はうなずいた。
 思えば知らないのだ。躊躇なくすぱっと答えて、確かに知らない、と自分の答えに納得する。転校生自己紹介のとき寝ていたのだから。
「ていうか、姫なんて呼んでたっけ、俺のこと」
 今光源氏、と答えたら、なにそれ、と返ってくるに違いない。そうしたら、どうやって説明しよう?
 現代の光源氏のことなんて、光源氏はイケメンなんだよなんて、言えない・・・・・・。一人で赤くなって、首を振った。
「さあ。なんて呼んでたっけ」
「いま・・・・・・今、なんとかかんとかって、ほら、先生もさ。『今かぐや姫』みたいな。あれ、どういう意味?」
「えー。私、寝てたし」
 適当に誤魔化しておく。
「ふーん・・・・・・ま、いいけど。翔琉(かける)ね。翔琉。覚えといて」
「かける・・・・・・」
 二度も教えられて、口の中で繰り返す。ああ、確かに。女子たちにカケルくんって呼ばれてたっけ。月で通っていた小学校に同じ名前の子がいたから多少違和感はあるけど、まあ、褒めとこ。
「へぇ。かっこいい」
「えっ、興味ない? すごい棒読みじゃん」
「あ。バレた」
「もーっ。じゃなくて。今日はね」
 話を切り替えて、輝月に向き直る。なにか話があるらしい。
「クリスマスパーティー、参加しない?」
 まただ・・・・・・。よし。今回こそ断る!
 意味のわからない決意をして、顔を厳しく作る。
「嫌だよ」
「い・い・じゃ・ん! クラス皆来るって言ってたし」
 駄々っ子みたいに唇を尖らせ、それからまた、胸の前で手を組んで上目遣いにお願いしてくる。
「ね? この前みたいな思いは、させないから」
「・・・・・・っ」
 一瞬見惚れてから、ぶんぶん頭を振る。コイツ、いつの間にハニートラップなんか覚えたんだ! 危うく引っかかるところだったじゃないか。今光源氏の美貌を使われてはたまらない。
「ダメ。やだ」
「え〜。お願い! 同じベッドで寝かけた仲じゃん!」
「それはっ・・・・・・あんたが勝手にっ」
 初日のことだ。出会った日、母に見つからないように翔琉と抱き合うような格好でベッドに寝てしまった。そのときのことを思い出して赤くなる輝月を置いて、ますます翔琉は追い打ちをかけてくる。
「プレゼント交換あるから。ね?」
 プレゼント交換。
「夕食も、割り勘で出る。だから、お金はいるけど、輝月の分は内緒で俺が払うし」
 内緒で。
「もしかしたら、友達、できるかもだし」
 友達。
「ちょっとで抜けてもいいよ。俺も一緒に抜けるから」
 一緒に。
「ぅう・・・・・・わかった」
 ここまで言われたら、かえって断りにくいんだもん。ね? そうじゃない?
 輝月はうなずいた。その言葉にいつも通り、本当に? やったーっ、と喜んで、今光源氏、改め翔琉は帰って行く。
 まただ。もう、あそこまで押されたら首を横には振れないよ。かたく結んだ人の心を柔らかくするようなあの能力、マジ勘弁してほしい。
 そのくせ、自分の心にはなにかを抱え込んでいる。
 ある道に長けた人が、自分の持つ技術を悪い方向に使ってしまうと他人は手出しが難しくなるもの。
 もう、アイツ、人の心を剥くのが上手いのに、自分の心は何重にも覆い隠しちゃって。
 剥き方を知ってる分、その反抗方法もわかっている。ああ、タチ悪い。
 一人で怒りながら、頭の隅ではプレゼントはなにがいいかなあ、と考え始めていた。