✳︎ ✳︎ ✳︎
「そうか・・・・・・だから、帰りたくなかったんだな」
一切を聞いた今光源氏は、眉根を寄せてうなずいた。
「なんでそんなに酷いことをしたんだろう」
「なんでだろう・・・・・・昔はね、というか、孤児院に入りたての頃は、小さな悪戯を仕掛けられるのはしょうがないってセンパイに言われてて。洗礼みたいなもの?」
取り巻きたちとともに新入りをいじめるのが、一年に一度から三度、小さな子を皆の前で紹介してからのルーティーンとも呼ぶべき行為だった。それはぶつかられたり、仲間外れにされたりというほどのもので、悪戯と呼ぶのに等しかった。
きっと、孤児院での生活が暇だったんだろう。
「うん・・・・・・知ってる」
「え?」
意味深なつぶやきを耳にして、そっちに顔を向ける。辛そうに強張った顔を左右に振って、今光源氏はううん、なんでもないと慌てて頬を緩ませた。
でもその小さな悪戯も、一年ほどのことで、また新しい子が来たらターゲットを変更する。それからは、気に入られてその取り巻きに入るか、ほとんど関わり合いがなくなるかだと、聞かされていた。
実際、半年ほど経った頃、他の人よりずっと早いペースで頻度は減っていった。八宵本人が姿を見せることはなくなり、取り巻きたちのさらに小さなものに変わった。
なんだか耳に挟んだ噂からすると、恋をしたらしい。
ああ、もうすぐ終わるんだ。そう期待し始めていた。
だけど。
唐突に、再びいじめが始まった。拷問、と呼んでも過言ではないかもしれない。罵られて殴られ蹴られ、幾つも体にアザをつけられた。髪の毛を引っ張られ、傷をつけられて。
最初の方のものよりも、もっと酷い。それも、輝月ピンポイントだった。物を隠されるのは日常茶飯事。そして、なにも知らない大人に怒られると、あの人たちはにやにやした顔で眺める。
最初の方は抵抗していた。逃げたり、大人に言いつけたり。
でも、どこに逃げてもどうにかして見つけられたり、相手が院長の娘であるためいじめ自体をもみ消されたりした。
それでも輝月は、その強大な権力に歯向かった。
無抵抗主義なんて意気地なしなだけ。そう思ってた。
「いじめの再開は、いきなりだったのか?」
「うん・・・・・・正気じゃないって思うくらい酷かった」
なにか、私をいじめる理由がないとおかしいくらいに。
輝月は疲弊していたのだ。
なにかしらの理由があって執拗にいじめてくる相手には、無抵抗主義を貫くことがある意味賢いのかもしれない。一番の対処法なのかもしれない、と。
それからは、小さな小さな抗いしか、できなくなっていた。大人には言わない。できる限り隠れて暮らし、ひたすら謝ってそのときをやり過ごす。
「そっか」
輝月は、その理由を聞いたことがあった。常のような罵りとともに、ぽんと八宵の口から出てきたのだ。
あなたなんかが、・・・・・・だなんて信じられない!
なんて言ってたかな。朧げな記憶をたぐるけど、曖昧な部分は曖昧なまま、答えは出てこなかった。
あのときみたいに、誰も助けに来てくれないと思った。だって、八宵たちにとってうまい隠れ蓑が、後ろにあったから。
「そういえば、なんでわかったの? 外からは、見えなかったよね?」
「いや。はぐれただろ? それで、あの雑貨店探してたら、中から見えたから・・・・・・」
そっか。ショーウィンドウだったから、中からは見えるんだ。おかげで助かった。八宵たちが、絶対にバレないと思って選んだ場所が、今光源氏を呼び寄せたんだ。
「よかった・・・・・・ありがとう」
怖かった。思わず弱くつぶやく。それから、隠すようにもう一度礼を口にして階段を上がり、自分にあてがわれている部屋へ戻った。
「おやすみ」
「うん。おやすみ、姫」
小さな挨拶がリビングに響く。
「ごめんな・・・・・・」
その背を追いかけるように発せられたため息まじりの悲しげな声はしかし、今ドアの中に消えようとしている輝月の背中まで届かなかった。
「そうか・・・・・・だから、帰りたくなかったんだな」
一切を聞いた今光源氏は、眉根を寄せてうなずいた。
「なんでそんなに酷いことをしたんだろう」
「なんでだろう・・・・・・昔はね、というか、孤児院に入りたての頃は、小さな悪戯を仕掛けられるのはしょうがないってセンパイに言われてて。洗礼みたいなもの?」
取り巻きたちとともに新入りをいじめるのが、一年に一度から三度、小さな子を皆の前で紹介してからのルーティーンとも呼ぶべき行為だった。それはぶつかられたり、仲間外れにされたりというほどのもので、悪戯と呼ぶのに等しかった。
きっと、孤児院での生活が暇だったんだろう。
「うん・・・・・・知ってる」
「え?」
意味深なつぶやきを耳にして、そっちに顔を向ける。辛そうに強張った顔を左右に振って、今光源氏はううん、なんでもないと慌てて頬を緩ませた。
でもその小さな悪戯も、一年ほどのことで、また新しい子が来たらターゲットを変更する。それからは、気に入られてその取り巻きに入るか、ほとんど関わり合いがなくなるかだと、聞かされていた。
実際、半年ほど経った頃、他の人よりずっと早いペースで頻度は減っていった。八宵本人が姿を見せることはなくなり、取り巻きたちのさらに小さなものに変わった。
なんだか耳に挟んだ噂からすると、恋をしたらしい。
ああ、もうすぐ終わるんだ。そう期待し始めていた。
だけど。
唐突に、再びいじめが始まった。拷問、と呼んでも過言ではないかもしれない。罵られて殴られ蹴られ、幾つも体にアザをつけられた。髪の毛を引っ張られ、傷をつけられて。
最初の方のものよりも、もっと酷い。それも、輝月ピンポイントだった。物を隠されるのは日常茶飯事。そして、なにも知らない大人に怒られると、あの人たちはにやにやした顔で眺める。
最初の方は抵抗していた。逃げたり、大人に言いつけたり。
でも、どこに逃げてもどうにかして見つけられたり、相手が院長の娘であるためいじめ自体をもみ消されたりした。
それでも輝月は、その強大な権力に歯向かった。
無抵抗主義なんて意気地なしなだけ。そう思ってた。
「いじめの再開は、いきなりだったのか?」
「うん・・・・・・正気じゃないって思うくらい酷かった」
なにか、私をいじめる理由がないとおかしいくらいに。
輝月は疲弊していたのだ。
なにかしらの理由があって執拗にいじめてくる相手には、無抵抗主義を貫くことがある意味賢いのかもしれない。一番の対処法なのかもしれない、と。
それからは、小さな小さな抗いしか、できなくなっていた。大人には言わない。できる限り隠れて暮らし、ひたすら謝ってそのときをやり過ごす。
「そっか」
輝月は、その理由を聞いたことがあった。常のような罵りとともに、ぽんと八宵の口から出てきたのだ。
あなたなんかが、・・・・・・だなんて信じられない!
なんて言ってたかな。朧げな記憶をたぐるけど、曖昧な部分は曖昧なまま、答えは出てこなかった。
あのときみたいに、誰も助けに来てくれないと思った。だって、八宵たちにとってうまい隠れ蓑が、後ろにあったから。
「そういえば、なんでわかったの? 外からは、見えなかったよね?」
「いや。はぐれただろ? それで、あの雑貨店探してたら、中から見えたから・・・・・・」
そっか。ショーウィンドウだったから、中からは見えるんだ。おかげで助かった。八宵たちが、絶対にバレないと思って選んだ場所が、今光源氏を呼び寄せたんだ。
「よかった・・・・・・ありがとう」
怖かった。思わず弱くつぶやく。それから、隠すようにもう一度礼を口にして階段を上がり、自分にあてがわれている部屋へ戻った。
「おやすみ」
「うん。おやすみ、姫」
小さな挨拶がリビングに響く。
「ごめんな・・・・・・」
その背を追いかけるように発せられたため息まじりの悲しげな声はしかし、今ドアの中に消えようとしている輝月の背中まで届かなかった。