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「じゃーね」
 ひとしきり教わって、今光源氏が玄関に堂々と向かう。
「家庭教師くん! ありがとうね!」
「また来てな。輝月は奥手だから」
 奥手ってそれ、なんか悪口じゃありません、お養父さん?
「あ、はい。またお邪魔しますね」
 両親からの壮大な見送りを受けていなくなってから、輝月はリビングに戻った二人に、お願いがあるんだけど、と声をかけた。
「どうした?」
「あ、あの、浴衣、買いたくて・・・・・・」
 恥ずかしい。男子と行くの、バレないかな。顔の赤さを見られないように、伏せ目がちにお願いする。
「ああ、夏祭りね?」
 まだこの世界に不慣れな輝月は、一人で買い物に行くことが難しい。不本意ながら、どのようななにを買いたいかまで言わないと行動できないのだ。
 ちらりと冷蔵庫に貼られたチラシに目をやって、納得顔の養母。
「うん、そうなんだけど・・・・・・」
「さっきの家庭教師くん? いいよ、一緒に買いに行こう」
 一瞬で悟られた。だけど、冷やかすことも止めることもせずに、にこにこして養母は言う。
 横で、コーヒーを飲みながらくつろいでいた養父も笑みを見せていた。普段は仕事で接する機会がないが、優しい性格だということは、初対面の笑顔でわかっていた。
 ありがたい。
 本当、有難い。気遣いでも構わない。だけど、この人たちのあんまり深くまで詮索しないところに、輝月は救われていた。
 もちろん、最初の方は、輝月の元の生活に合わせたいからと、やんわり以前の習慣などを聞かれることはあった。でも、それ以上はなにも言わない。
「ありがとう!」
「いいんだよ、全然。去年は普段着だったもんな。おしゃれくらいしたい年頃だろう」
「なんなら今日、行こうか? 輝月にはなにが似合うかなあ」
 勢いよく頭を下げる輝月に、二人は微笑んだ。
 前の両親は、十歳になるかならないかの頃に死んだ。そこに詐称はない。だけど、どこ出身でどこから来たのか、とうるさく聞かれていたら、答えに窮して早々に飛び出していただろう。
 行く当てもなく、髪の毛もぼろぼろで、服も着た切り雀。噂を聞きつけた月の都の人々に探し出されて見苦しい格好で帰って、孤児院に戻って、・・・・・・もっと、もっと、・・・・・・八宵(やよい)に、いじめられて。
 命の恩人と言っても過言ではない。それくらい大きな恩をもらっているのだ。だけど、今の輝月じゃ、なにも、なにも返せない。逃げてばかりで自分のことさえまともにできないのに。
 ひたすら申し訳なく、その分もっと親切が身に染みる。
 ありがとうって、感謝の気持ちを伝えることしかできない自分が歯痒くなる。