三津島と別れ、再び書庫へ向かおうとする。
「おい、雛子」
急に背後から声をかけられた雛子は、ビクッと震えた。
バッと振り向けば、仏頂面の青年が。
「京さん!こんなところで会うなんて奇遇ですね!」
「違う、わざわざ会いに来たんだよ」
「あら、そうだったんですか」
珍しいことを言うものだ。
彼は風見京。雛子の同期であり、共に第六部隊に配属される予定だったのだが、雛子が書庫へ行ってしまったので彼一人で部隊に加わることになってしまった。
それにより、雛子はいつもの袴姿だが、京は祓い師の黒い衣装をばっちり着こなしている。
京は目付きが悪く、態度も愛想がないと周囲から浮いている存在だったが、そんなことも露知らずに雛子がやたらめったら構ったせいでものすごく懐かれたのだ。
「お前がどうしてるか気になったんだよ。書庫室に配属されたって聞いたけど、普段あんま寄らない場所だし」
「まあ、確かにそうですよね」
いくら貴重な資料があるとはいえ、普段から使うわけでは無い。
時折、調査で必要だと言って借りに来る人もいるが、新人の京にとってはほとんど関わりがない場所といっていいだろう。
「で、どうなんだよ。うぜぇ上司がいたらぶっ飛ばしてやるぞ」
「あはは、相変わらず京さんは物騒ですね。でも心配はいりませんよ、私の上司である修一郎さんはとっても優しい人ですから!」
そう胸を張ったものの、京はふーんと冷めた反応だった。
「それにしても、京さんも三津島さんと同じことを聞くのですね。私って、そんなに頼りなさそうに見えますか?」
「俺を三津島と一緒にすんな。でも確かに雛子は頼りない」
対抗意識でもあるのか、三津島と同じと言われてものすごく面白くなさそうだ。
京は上司に対しても物怖じしないが、面と向かって呼び捨てにしているところは、よく咎められないものだとひやひやする。
「お前、書庫室が怖くないのか」
京の言葉に首を傾げる。
書庫室が嫌じゃないのか、ではなく、怖くないのか。
そう、彼は雛子に聞いた。
「え、どうしてですか?怖くなんてないですよ。ちょっと本が多いですけれど、素敵な場所です。京さんも遊びに来てください」
「いや、そういうことじゃなくてだな」
どうやら、京の言いたいことが上手く伝わっていないみたいだ。
京はふぅとため息をついてから、雛子の目をしっかりと見て話す。
「聞いたことないか?・・・・・・『書庫室には夜叉が棲む』」
「夜叉、ですか?」
神妙な顔で京が語るものだから、一体何事かと思いきや、噂話のことだった。
「そうだ。物の怪だ。鬼だ。あの書庫には、鬼が住み着いている。そういう話を聞いたことがないのか」
そう言わると、ここへ来たばかりの頃に、東棟の階段は夕方になると物の怪の通り道になるだとか、北側の塔の上階に亡霊が集まっているだとかの七不思議めいた話を聞いたことがあった。
その中にも、書庫室の夜叉はあった気がする。
しかしそれは、先輩が新入りを怖がらせる為に用意した怪談話のはず。
「やだなぁ、京さんそんな噂話を信じてるんですか?京さんがそういうの信じるって珍しいですね。ちょっと気になってきました」
「馬鹿にしてんのか」
「ちがいますよぉ!」
むぎゅうっと頬をつねられて、変な声で反論してしまった。
「じゃあもしも夜叉を見かけたら京さんに教えてあげますね」
「何言ってんだ。お前みたいなちびっ子、油断してたら鬼に喰われちまう」
「大丈夫ですって、私は食べても美味しくありませんし」
「・・・・・・」
その時、大時計の鐘の音が響き渡った。
西棟には古びた大きな和時計があり、一時間ごとに鳴るようになっているのだ。
「もうこんな時間ですか。京さんは忙しいんですから、いかないとですよ」
雛子は鐘の音を聞いてハッとしたように京にそう促す。
いつまでも楽しくお喋りしているわけにはいかないと、雛子は京に背を向けてスタスタと歩いていってしまう。
「・・・・・・本当にそう思うかぁ?」
ぽつりとこぼれた京の呟きは、雛子には聞こえていなかった。
「おい、雛子」
急に背後から声をかけられた雛子は、ビクッと震えた。
バッと振り向けば、仏頂面の青年が。
「京さん!こんなところで会うなんて奇遇ですね!」
「違う、わざわざ会いに来たんだよ」
「あら、そうだったんですか」
珍しいことを言うものだ。
彼は風見京。雛子の同期であり、共に第六部隊に配属される予定だったのだが、雛子が書庫へ行ってしまったので彼一人で部隊に加わることになってしまった。
それにより、雛子はいつもの袴姿だが、京は祓い師の黒い衣装をばっちり着こなしている。
京は目付きが悪く、態度も愛想がないと周囲から浮いている存在だったが、そんなことも露知らずに雛子がやたらめったら構ったせいでものすごく懐かれたのだ。
「お前がどうしてるか気になったんだよ。書庫室に配属されたって聞いたけど、普段あんま寄らない場所だし」
「まあ、確かにそうですよね」
いくら貴重な資料があるとはいえ、普段から使うわけでは無い。
時折、調査で必要だと言って借りに来る人もいるが、新人の京にとってはほとんど関わりがない場所といっていいだろう。
「で、どうなんだよ。うぜぇ上司がいたらぶっ飛ばしてやるぞ」
「あはは、相変わらず京さんは物騒ですね。でも心配はいりませんよ、私の上司である修一郎さんはとっても優しい人ですから!」
そう胸を張ったものの、京はふーんと冷めた反応だった。
「それにしても、京さんも三津島さんと同じことを聞くのですね。私って、そんなに頼りなさそうに見えますか?」
「俺を三津島と一緒にすんな。でも確かに雛子は頼りない」
対抗意識でもあるのか、三津島と同じと言われてものすごく面白くなさそうだ。
京は上司に対しても物怖じしないが、面と向かって呼び捨てにしているところは、よく咎められないものだとひやひやする。
「お前、書庫室が怖くないのか」
京の言葉に首を傾げる。
書庫室が嫌じゃないのか、ではなく、怖くないのか。
そう、彼は雛子に聞いた。
「え、どうしてですか?怖くなんてないですよ。ちょっと本が多いですけれど、素敵な場所です。京さんも遊びに来てください」
「いや、そういうことじゃなくてだな」
どうやら、京の言いたいことが上手く伝わっていないみたいだ。
京はふぅとため息をついてから、雛子の目をしっかりと見て話す。
「聞いたことないか?・・・・・・『書庫室には夜叉が棲む』」
「夜叉、ですか?」
神妙な顔で京が語るものだから、一体何事かと思いきや、噂話のことだった。
「そうだ。物の怪だ。鬼だ。あの書庫には、鬼が住み着いている。そういう話を聞いたことがないのか」
そう言わると、ここへ来たばかりの頃に、東棟の階段は夕方になると物の怪の通り道になるだとか、北側の塔の上階に亡霊が集まっているだとかの七不思議めいた話を聞いたことがあった。
その中にも、書庫室の夜叉はあった気がする。
しかしそれは、先輩が新入りを怖がらせる為に用意した怪談話のはず。
「やだなぁ、京さんそんな噂話を信じてるんですか?京さんがそういうの信じるって珍しいですね。ちょっと気になってきました」
「馬鹿にしてんのか」
「ちがいますよぉ!」
むぎゅうっと頬をつねられて、変な声で反論してしまった。
「じゃあもしも夜叉を見かけたら京さんに教えてあげますね」
「何言ってんだ。お前みたいなちびっ子、油断してたら鬼に喰われちまう」
「大丈夫ですって、私は食べても美味しくありませんし」
「・・・・・・」
その時、大時計の鐘の音が響き渡った。
西棟には古びた大きな和時計があり、一時間ごとに鳴るようになっているのだ。
「もうこんな時間ですか。京さんは忙しいんですから、いかないとですよ」
雛子は鐘の音を聞いてハッとしたように京にそう促す。
いつまでも楽しくお喋りしているわけにはいかないと、雛子は京に背を向けてスタスタと歩いていってしまう。
「・・・・・・本当にそう思うかぁ?」
ぽつりとこぼれた京の呟きは、雛子には聞こえていなかった。