「・・・・・・は」
その言葉を合図にそこにいたはずの雛子の体が、一瞬で京へと変化していく。
ドンッと三津島を突き飛ばすと、彼は顔面に貼り付けていた一枚の護符を剥がし、大声で怒鳴りつけた。
「テメェ雛子のことそんな目で見てやがったのか!サイテーだな!」
「な、なんっ、」
さっきまで腕の中にいたはずの雛子はどこへ行ってしまったのだと、三津島は混乱している。
これは、雛子の符術で京の姿を雛子にし、身代わりになってもらったのだ。
かからないでほしいと願ったのも虚しく、三津島はまんまと引っかかってくれた。
雛子も姿を隠していた術を解き、現れる。
「三津島さん」
そっと声をかけると、三津島は狼狽えたようになる。
「雛子ちゃん!そんな、これは一体」
こんな符術に気づけないほど、三津島は落ちぶれてしまったのだろうか。
なんだか悲しくなる。
「私を呪っていたのはあなたですよね。三津島さん」
「・・・・・・っ」
種明かしの時間だ。
雛子は裾から、小さなお守りを取り出す。
あっと三津島が動揺した。
これは三津島から貰ったお守りだ。
雛子は迷うことなく中身を取り出す。
「この呪符、見覚えがありませんか」
中に入っていたのは、護符などではなく、呪符だった。
兄からの手紙を預かった際に受けた忠告、「古都で呪符を売りつける事件が多発している」というもの。
三津島からもらったお守りを見て、恐る恐る確認したら呪符が入っていたのだ。
「そんなもの知らない!大体、これは呪符ではないだろう。こんな式を誰かが使っているところなんて、見たことがない」
「確かにそうでしょう。私も知らなかったら気づけないと思います。ですがこれはれっきとした呪符ですよ」
雛子は片手に持っていた古い本を掲げる。
「これは『異端傀儡呪詛録』という書籍です。この中に、この呪符とまるっきり同じものが載っているのですが、どう説明しますか?」
修一郎から参考になると言われて読んだ本だ。
あの夜、これを読んでいる最中に眠ってしまったものでもあるが、お守りの中の呪符はこの中に記載されていた呪詛と同じものだった。
初めに見た時は奇妙な印で、何の符なのかもさっぱり分からなかったが、これで見たことを思い出したのだ。
「僕が入れたんじゃない!他の誰かがやったんだ!」
「他の誰かって誰なんだよ。聞けばこの本、めちゃくちゃ貴重で読める人間も限られてるそうじゃねぇか。お前よりも偉い奴・・・・・・例えば、司令官がやったとか言うんじゃねぇよな」
往生際が悪い三津島に、京がそう吐き捨てる。
京の言う通りなら上官に罪を被せることになるので、当然頷くことなどできない。
「それに三津島さん。先日、私が寮に戻らなかった日に、私のことを探してくれたそうですが、書庫室まで来てくださったんですよね」
「ああ。確かに行ったけど、鍵がかかって入れなかったんだよ。硝子を覗いても、雛子ちゃんはいなかったし・・・・・・」
「それほどの至近距離にいて、どうして結界に気づけなかったんですか?」
もはや三津島は何も答えられない。
考えてみれば、すぐに分かることだった。
先日、眼鏡の上官が来た時には軽度の結界でもすぐに勘づいたのに、あれほど強い結界が貼ってありながら三津島が気づけないことなどあるだろうか。
れっきとした祓い師の地位を持つ彼が結界を見逃すなんて、不自然にも程がある。
「だが、何故雛子ちゃんが僕を疑うんだ・・・・・・!?」
心底分からないといった様子で、三津島はしきりに汗を書いている。
こんなずさんな呪い方を彼がした理由は、慢心が原因だ。
雛子が三津島を疑うことなど絶対にないという、慢心が。
「どうして私が三津島さんを疑うのか・・・・・・いえ、疑えるのか。それは、あなたの術にかかっていなかったからです」
「そんな馬鹿な!」
修一郎が上書きした、暗示の術。
三津島はあれを上書きされたことを把握していなかったせいで、ずっと雛子に暗示をかけ続けられていると思っていたのだ。
三津島の暗示の術が、修一郎が永遠に愛を囁いてくる内容に変わっていたなんて、彼は露も思わなかっただろう。
見せかけは巧妙に仕掛けられたような術でも、一つ一つ紐解けばあっさり真相は見えてくるのだ。
「クソっ・・・・・・!なんで、なんでこうなるんだよ!雛子ちゃんは僕と一緒になる運命なんだ!邪魔されてたまるかァ!」
激昂した三津島が、腰に佩いていた刀を抜き雛子に向かってくる。
バレてしまったのなら、いっその事ここで殺してしまおうというつもりらしい。
収拾がつかなくなって、自暴自棄になったようだ。
「雛子!」
「大丈夫です、京さん」
雛子を庇おうとする京を制し、雛子はただ彼が現れるのを待った。
───────ゴォン、ゴォン。
ちょうどその時、西棟の大時計の鐘の音が響き渡る。
空気を震わす重低音に三津島の動きが止まる。
次の瞬間、ふわりと風が吹き抜けて何も無かった空間から修一郎が現れた。
その言葉を合図にそこにいたはずの雛子の体が、一瞬で京へと変化していく。
ドンッと三津島を突き飛ばすと、彼は顔面に貼り付けていた一枚の護符を剥がし、大声で怒鳴りつけた。
「テメェ雛子のことそんな目で見てやがったのか!サイテーだな!」
「な、なんっ、」
さっきまで腕の中にいたはずの雛子はどこへ行ってしまったのだと、三津島は混乱している。
これは、雛子の符術で京の姿を雛子にし、身代わりになってもらったのだ。
かからないでほしいと願ったのも虚しく、三津島はまんまと引っかかってくれた。
雛子も姿を隠していた術を解き、現れる。
「三津島さん」
そっと声をかけると、三津島は狼狽えたようになる。
「雛子ちゃん!そんな、これは一体」
こんな符術に気づけないほど、三津島は落ちぶれてしまったのだろうか。
なんだか悲しくなる。
「私を呪っていたのはあなたですよね。三津島さん」
「・・・・・・っ」
種明かしの時間だ。
雛子は裾から、小さなお守りを取り出す。
あっと三津島が動揺した。
これは三津島から貰ったお守りだ。
雛子は迷うことなく中身を取り出す。
「この呪符、見覚えがありませんか」
中に入っていたのは、護符などではなく、呪符だった。
兄からの手紙を預かった際に受けた忠告、「古都で呪符を売りつける事件が多発している」というもの。
三津島からもらったお守りを見て、恐る恐る確認したら呪符が入っていたのだ。
「そんなもの知らない!大体、これは呪符ではないだろう。こんな式を誰かが使っているところなんて、見たことがない」
「確かにそうでしょう。私も知らなかったら気づけないと思います。ですがこれはれっきとした呪符ですよ」
雛子は片手に持っていた古い本を掲げる。
「これは『異端傀儡呪詛録』という書籍です。この中に、この呪符とまるっきり同じものが載っているのですが、どう説明しますか?」
修一郎から参考になると言われて読んだ本だ。
あの夜、これを読んでいる最中に眠ってしまったものでもあるが、お守りの中の呪符はこの中に記載されていた呪詛と同じものだった。
初めに見た時は奇妙な印で、何の符なのかもさっぱり分からなかったが、これで見たことを思い出したのだ。
「僕が入れたんじゃない!他の誰かがやったんだ!」
「他の誰かって誰なんだよ。聞けばこの本、めちゃくちゃ貴重で読める人間も限られてるそうじゃねぇか。お前よりも偉い奴・・・・・・例えば、司令官がやったとか言うんじゃねぇよな」
往生際が悪い三津島に、京がそう吐き捨てる。
京の言う通りなら上官に罪を被せることになるので、当然頷くことなどできない。
「それに三津島さん。先日、私が寮に戻らなかった日に、私のことを探してくれたそうですが、書庫室まで来てくださったんですよね」
「ああ。確かに行ったけど、鍵がかかって入れなかったんだよ。硝子を覗いても、雛子ちゃんはいなかったし・・・・・・」
「それほどの至近距離にいて、どうして結界に気づけなかったんですか?」
もはや三津島は何も答えられない。
考えてみれば、すぐに分かることだった。
先日、眼鏡の上官が来た時には軽度の結界でもすぐに勘づいたのに、あれほど強い結界が貼ってありながら三津島が気づけないことなどあるだろうか。
れっきとした祓い師の地位を持つ彼が結界を見逃すなんて、不自然にも程がある。
「だが、何故雛子ちゃんが僕を疑うんだ・・・・・・!?」
心底分からないといった様子で、三津島はしきりに汗を書いている。
こんなずさんな呪い方を彼がした理由は、慢心が原因だ。
雛子が三津島を疑うことなど絶対にないという、慢心が。
「どうして私が三津島さんを疑うのか・・・・・・いえ、疑えるのか。それは、あなたの術にかかっていなかったからです」
「そんな馬鹿な!」
修一郎が上書きした、暗示の術。
三津島はあれを上書きされたことを把握していなかったせいで、ずっと雛子に暗示をかけ続けられていると思っていたのだ。
三津島の暗示の術が、修一郎が永遠に愛を囁いてくる内容に変わっていたなんて、彼は露も思わなかっただろう。
見せかけは巧妙に仕掛けられたような術でも、一つ一つ紐解けばあっさり真相は見えてくるのだ。
「クソっ・・・・・・!なんで、なんでこうなるんだよ!雛子ちゃんは僕と一緒になる運命なんだ!邪魔されてたまるかァ!」
激昂した三津島が、腰に佩いていた刀を抜き雛子に向かってくる。
バレてしまったのなら、いっその事ここで殺してしまおうというつもりらしい。
収拾がつかなくなって、自暴自棄になったようだ。
「雛子!」
「大丈夫です、京さん」
雛子を庇おうとする京を制し、雛子はただ彼が現れるのを待った。
───────ゴォン、ゴォン。
ちょうどその時、西棟の大時計の鐘の音が響き渡る。
空気を震わす重低音に三津島の動きが止まる。
次の瞬間、ふわりと風が吹き抜けて何も無かった空間から修一郎が現れた。