「カラオケ行こ。カラオケ」
 梨乃が不意に言った。
「いいね。行こ」
 涼夏がすかさず同意した。
「でも、雅が」
 小夜はちらりと静かな二階を気にする。
「最近調子悪いよね」
 梢が眉のあたりを曇らせた。
「ね・・・・・・。ショッピングセンターで無理に連れ回したからかな」
「悪いことしたよね」
「やっぱり元から引っ込み思案だから。外出は慣れないよね」
 当たらずといえども遠からずの線を、涼夏がうろうろする。
 たまらなくなって、小夜は「あのさ」と声を上げた。
「うん」
 六つの瞳がこっちを見る。
「あの、ショッピングのときに」
 秘密の一端を小夜なんかが打ち明けることは、失礼かもしれない。でも、家族・・・・・・だし、きっかけだけは作ってあげたかった。
「勘違いかもしれないけど、あれは赤の他人同士の視線じゃなかったと思う」
「やっぱり、いじめっ子かな」
 最初に行き着く答えをいち早く口にした涼夏に、小夜は首を振る。
「でもさ、なんか、相手も怖がってたっていうか」
「え〜。昔人をいじめてたことがあるのを友達に知って欲しくなかったんじゃない?」
 梨乃も参加して、見事なまでに小夜と同じ思考回路を披露してくれる。
「でも、いじめっ子でしょ。よっぽどのワケを持ってないと無視くらいお茶の子さいさいじゃない? 大体、いじめてる子って、自分がいじめてるって思ってないワケだし」
「お茶の子さいさいって・・・・・・」
 小夜に加えて、梢が新しい根拠を示してくれ、う〜んという唸りがリビングに満ちる。
「あのー」
 新たな声が、控えめにかかった。四人は一斉にそちらを見た。この場にいなかった人は一人しかいない。
「み、みやっ、雅ぃっ!」
「あ・・・・・・ごめん、雅。勝手に言っちゃって。嫌だった・・・・・・?」
 申し訳なさから、咄嗟に謝った。ううん、と雅は首を振る。
「あの」
 雅に、全員が注目する。小さく震える手を必死に上から押さえ付け、雅は声を上げた。
「私は、いじめられてないの」
「ん・・・・・・?」
「いじめてたの」
 その一言で、戸惑いが場を支配する。いじめられてたんじゃなく、いじめてた。
 雅は、被害者じゃない、加害者だった?
「嘘・・・・・・ついてたわけ?」
 梢がつぶやいた。
 その様子を見て、雅が泣きそうな顔で頭を下げた。
「ごめんなさい・・・・・・っ」
「え、え・・・・・・どういうこと? いじめられてたんじゃなくて、いじめてた?」
「ごめんなさい。でも、ここ以外に行けるところはないから・・・・・・置いてください」
 なんと言っていいのか分からず、きょろきょろと視線を泳がせる。梨乃も、梢も、涼夏でさえ同じように他の人の出方をうかがっていた。
 第一声を上げるのは、なんだか悪い気がした。それで雅の運命が決まってしまうかもしれないから。
 下がったきりの雅の顔から一滴、雫がこぼれた。小刻みに震える体から怯えが読み取れて痛々しい。だけど、それを収めるために雅の運命を変えてしまうという覚悟は、小夜にはなかった。
 沈黙を破ったのは、涼夏だった。はあっ、と大きなため息をつく。それを聞いて、雅の肩がびくんと揺れた。
「いいよ。これまでと変わらずここにいてもいい。そんな、遠慮しないで」
 ぱっと上がった顔が涙に濡れている。優しい涼夏の言葉に、明らかに強張った頬が緩んだ。
「そうだよ。ね」
 梨乃がティッシュを持って、しゃがみ込んで雅の顔を拭く。
「うん。追い出すつもりも責めるつもりもない」
 梢が柔らかい笑顔を浮かべた。
「でも・・・・・・なんで嘘ついてたかだけは、聞きたいかな・・・・・・あっ、嫌だったらいいんだけど」
 なにか言わないと、と思ったけど、結局本音が出てしまった。
「小夜ぉ。今の流れだったら優しい言葉かけようよ〜」
 梨乃がティッシュを下の場所に戻してから小夜の頭をはたいた。小夜はそうなるだろうと予想はしていたので、軽く避けて、えヘヘと笑う。
「まあ、でも・・・・・・私・・・・・・も、聞きたいかな」
 遠慮がちに涼夏がつぶやいた。
「そんなこと言ったらあたしだって・・・・・・」
 涼夏につられて梨乃がぽろりとこぼす。梢もその後ろでこくこくとうなずいている。
「梨乃もなんじゃん! さっき避けたときのエネルギー返してよ」
「大したもんじゃないでしょ。ひょいってしゃがんだだけじゃん」
「塵も積もれば山となるだよ・・・・・・」
 べえっと舌を出した梨乃に頬を膨らませた小夜を見て、雅がふっと笑みをこぼした。
「言われなくても話しますよ!」
 梨乃がにやりと笑った。
「お。いいねえ。元気だ」
「言った通り、いじめてたの。クラスメイトを」
 でも。
 雅はうつむいた。
「相手の子がさ、学校に来ない日も増えて・・・・・・怖くなって、私が学校行けなくなっちゃって。親には全部話したよ。でも、いじめてたくせに不登校になるとかありえない、被害者の気持ちを考えろ、もっと辛いんだぞって言われて・・・・・・どうにもならなくて」
 くしゃりと雅の顔が歪んだ。今にも溢れそうなくらい、いっぱいいっぱいに涙が溜まっていた。
「そういうことを、あたしたちにも言われるのが怖くて・・・・・・?」
 梨乃の問に、こくりと素直にうなずく。
「あの〜、それは。・・・・・・なんか、理由があって?」
 どうしても、雅みたいな、普通に日常を過ごしてがんがんに青春していそうな女の子が加害者になるなんて考えられなかった。
「言い訳だと思われるかもしれないけど。・・・・・・指示、されてたんだ」
「あぁ〜」
「納得の声をあげるな」梨乃が梢に突っ込む。
「ごめんごめん」
 梢が頭を掻いた。正直、小夜もなるほどとつぶやきたい。
「親御さんには、そこらへんの事情は?」
「話して、ない」
「なんで!」
「意気地なしって言われるのがオチだと思ったから・・・・・・」
 また、うつむいてしまう。言っていたら、きっと雅を見る目も変わっただろうに。
「でも、雅はさ、ある意味被害者だったワケじゃない」
 梢の小さなつぶやきに、雅はしゃがみ込んで、大声を放って泣き出した。