「涼夏の告白はさ〜、無駄じゃなかったと思うし、ちょっと距離は近くなったと思うよ。でも・・・・・・」
「なんかまだ、完全に近くないよね。これから何年も一緒に暮らしてくわけでしょ? 密着するくらいがちょうどいいのに。密着するくらいが」
「心の壁を消したい。あ〜っ、どうするのが正解なんだよおぉっ」
翌日、小夜は、梨乃の叫び声でアラーム前に目を覚ました。できる限り音を立てないように、下を覗き見る。
ダイニングテーブルで、朝ごはんを肴に、話し合っているみたいだった。
「どうしたらいいんだろ。多分、いくらウザかられても、こっちから動いたほうがいいことには間違いないんだよね、あの子には」
「そうだよね。小夜は、なんやかんやと消極的だから」
申し訳なさに、きゅうっと胸が詰まった。二人はまだ、当の本人に見られているとも知らず、会議を続けている。
そのとき、いきなり手に持ったケータイがけたたましく鳴り始めた。正直、小夜は、朝日の明るさで起きることや、鳥のさえずりで目を覚ますことはできない。
バイブレーションに加え、警報機のような、ちょっと危険を感じる音でようやく起きれるくらいだ。
案の定、二人はぱっとこちらを向いた。
バレた。
「あ、あ、お・・・・・・、おはようございます」
「おはよ。・・・・・・聞いてた?」
「あ、えと」
なんと返すのが正解だ。
返答に窮して、そこに答えはないのに、宙に視線を泳がせて小夜は口籠る。
今起きたところですと嘘をつこうと決め、それでも罪悪感を感じて、揺れ動く気持ちの中で小夜が彷徨っていると、涼夏が助け舟を出してくれた。
「梨乃ちゃん。聞いてなかったわけないじゃん。こんなに困ってるのに」
「だ、よ、ね」
「あの〜・・・・・・ごめんなさい」
観念して一段一段ゆっくり階段を下りながら、小夜は心底悪かったと思い、謝った。
「いや、あたしも声大きかったと思うよ」
「ねえ、小夜ちゃん。ちょうどいい機会だから、聞かせて。友達と、なにがあったの?」
梨乃が首を振る。涼夏が、優しい声で立ちっぱなしの小夜の顔を覗き込んだ。
「まあ、座りなよ。今日はホットケーキだからさ」
そろそろ起きてくることがわかっていたのだろう、小夜の定位置に、柔らかい湯気を上げるホットケーキが置かれている。
梨乃にいざなわれて、お礼を言いながらそこに座った。
「あ、ありがとうございます。あの・・・・・・」
「ゆっくりでいいよ。食べながらでもいいし」
慣れない手つきでナイフとフォークを使って食べ切ってから、小夜はぽつぽつと喋り始めた。
小学校のときは、たくさん友達がいて、親友だっていたこと。その親友に裏切られたこと。それからは、もう、友達どころか皆から嫌われるほどにまでなっていること。
「確かに、彼氏の存在を隠してたなんて、些細なことかもしれません」
裏切るなんて物言いは不似合いな、小さなことだ。だけど小夜にとっては、動きようのない、親友に隠し事をされていたという事実でしかなかった。
「だから、友達なんて、懲り懲りなんです」
小夜は最後に、そうつぶやいた。
「・・・・・・あ」
梨乃の視線が、階段へ寄せられている。小夜は振り向いた。梢と雅が、そこに座っていた。
「き、聞いてたんですか」
「うん。ごめん、なんか」
「私たちも、隠していることは、ある・・・・・・か、ら」
雅がおどおどと言う。
「いいんです。私が、悪いんです」
遠回りな謝罪を、皆はちゃんと察してくれたみたいだった。そんなつもりじゃなかったにしろなににしろ、小夜の、友達同士の隠し事は嫌だという発言は、梢や雅を攻撃したことに間違いはない。
「あの、さ」
涼夏が声を上げた。小夜の前に、視線が集中する。
「私たちの目標は、友達じゃないよ」
「え?」
不安な影がさっと胸に差す。友達になりたくない、ということなのだろうか。その気持ちに気づいて、私はこの人たちと仲良くなりたいんだと自覚する。パワフルで優しいこの人たちと。
梨乃や雅、梢も、小夜と同じくその言葉の真意を測りかねて眉を寄せていた。
「あ、違くて。目指すべきは家族、なんじゃないかなって」
「家族?」
「同年代で親しい友達にはなんでも話しちゃうけどさ、ずっと隣にいてくれる家族には、まだ、話しにくいことがあってもいいんじゃないかな」
涼夏の話は続く。
「そのうちに打ち明けたくなるような、柔らかい環境を作ってあげるのが、家族かなって。心の壁を乗り越えるとかじゃなくて、崩してあげるのが家族かなあって。・・・・・・違うかな」
不意をつかれたように、皆が黙った。涼夏は、ちらちらと顔色をうかがっている。
ぱちぱち、と拍手が起こった。梨乃が立ち上がり、手を叩いている。小夜も梢も雅もつられて、同じように涼夏に喝采を送った。
涼夏は「ありがとう。ありがとう」と、まるで人気芸能人か有名政治家のように、人々の間を回りながら小さく手を振る。
「素晴らしい!」
「さっすがぁ」
張りのある声で、野次が飛ぶ。
小夜も便乗して拍手をしながら、随分心が軽くなったように感じていた。
「涼夏、・・・・・・ありがとう」
涼夏が弾けたような笑顔を見せる。
「よっ、我らが母、涼夏っ」
梢が叫んだ。
「なんかまだ、完全に近くないよね。これから何年も一緒に暮らしてくわけでしょ? 密着するくらいがちょうどいいのに。密着するくらいが」
「心の壁を消したい。あ〜っ、どうするのが正解なんだよおぉっ」
翌日、小夜は、梨乃の叫び声でアラーム前に目を覚ました。できる限り音を立てないように、下を覗き見る。
ダイニングテーブルで、朝ごはんを肴に、話し合っているみたいだった。
「どうしたらいいんだろ。多分、いくらウザかられても、こっちから動いたほうがいいことには間違いないんだよね、あの子には」
「そうだよね。小夜は、なんやかんやと消極的だから」
申し訳なさに、きゅうっと胸が詰まった。二人はまだ、当の本人に見られているとも知らず、会議を続けている。
そのとき、いきなり手に持ったケータイがけたたましく鳴り始めた。正直、小夜は、朝日の明るさで起きることや、鳥のさえずりで目を覚ますことはできない。
バイブレーションに加え、警報機のような、ちょっと危険を感じる音でようやく起きれるくらいだ。
案の定、二人はぱっとこちらを向いた。
バレた。
「あ、あ、お・・・・・・、おはようございます」
「おはよ。・・・・・・聞いてた?」
「あ、えと」
なんと返すのが正解だ。
返答に窮して、そこに答えはないのに、宙に視線を泳がせて小夜は口籠る。
今起きたところですと嘘をつこうと決め、それでも罪悪感を感じて、揺れ動く気持ちの中で小夜が彷徨っていると、涼夏が助け舟を出してくれた。
「梨乃ちゃん。聞いてなかったわけないじゃん。こんなに困ってるのに」
「だ、よ、ね」
「あの〜・・・・・・ごめんなさい」
観念して一段一段ゆっくり階段を下りながら、小夜は心底悪かったと思い、謝った。
「いや、あたしも声大きかったと思うよ」
「ねえ、小夜ちゃん。ちょうどいい機会だから、聞かせて。友達と、なにがあったの?」
梨乃が首を振る。涼夏が、優しい声で立ちっぱなしの小夜の顔を覗き込んだ。
「まあ、座りなよ。今日はホットケーキだからさ」
そろそろ起きてくることがわかっていたのだろう、小夜の定位置に、柔らかい湯気を上げるホットケーキが置かれている。
梨乃にいざなわれて、お礼を言いながらそこに座った。
「あ、ありがとうございます。あの・・・・・・」
「ゆっくりでいいよ。食べながらでもいいし」
慣れない手つきでナイフとフォークを使って食べ切ってから、小夜はぽつぽつと喋り始めた。
小学校のときは、たくさん友達がいて、親友だっていたこと。その親友に裏切られたこと。それからは、もう、友達どころか皆から嫌われるほどにまでなっていること。
「確かに、彼氏の存在を隠してたなんて、些細なことかもしれません」
裏切るなんて物言いは不似合いな、小さなことだ。だけど小夜にとっては、動きようのない、親友に隠し事をされていたという事実でしかなかった。
「だから、友達なんて、懲り懲りなんです」
小夜は最後に、そうつぶやいた。
「・・・・・・あ」
梨乃の視線が、階段へ寄せられている。小夜は振り向いた。梢と雅が、そこに座っていた。
「き、聞いてたんですか」
「うん。ごめん、なんか」
「私たちも、隠していることは、ある・・・・・・か、ら」
雅がおどおどと言う。
「いいんです。私が、悪いんです」
遠回りな謝罪を、皆はちゃんと察してくれたみたいだった。そんなつもりじゃなかったにしろなににしろ、小夜の、友達同士の隠し事は嫌だという発言は、梢や雅を攻撃したことに間違いはない。
「あの、さ」
涼夏が声を上げた。小夜の前に、視線が集中する。
「私たちの目標は、友達じゃないよ」
「え?」
不安な影がさっと胸に差す。友達になりたくない、ということなのだろうか。その気持ちに気づいて、私はこの人たちと仲良くなりたいんだと自覚する。パワフルで優しいこの人たちと。
梨乃や雅、梢も、小夜と同じくその言葉の真意を測りかねて眉を寄せていた。
「あ、違くて。目指すべきは家族、なんじゃないかなって」
「家族?」
「同年代で親しい友達にはなんでも話しちゃうけどさ、ずっと隣にいてくれる家族には、まだ、話しにくいことがあってもいいんじゃないかな」
涼夏の話は続く。
「そのうちに打ち明けたくなるような、柔らかい環境を作ってあげるのが、家族かなって。心の壁を乗り越えるとかじゃなくて、崩してあげるのが家族かなあって。・・・・・・違うかな」
不意をつかれたように、皆が黙った。涼夏は、ちらちらと顔色をうかがっている。
ぱちぱち、と拍手が起こった。梨乃が立ち上がり、手を叩いている。小夜も梢も雅もつられて、同じように涼夏に喝采を送った。
涼夏は「ありがとう。ありがとう」と、まるで人気芸能人か有名政治家のように、人々の間を回りながら小さく手を振る。
「素晴らしい!」
「さっすがぁ」
張りのある声で、野次が飛ぶ。
小夜も便乗して拍手をしながら、随分心が軽くなったように感じていた。
「涼夏、・・・・・・ありがとう」
涼夏が弾けたような笑顔を見せる。
「よっ、我らが母、涼夏っ」
梢が叫んだ。