どこからか「あ」と、小さな声が上がった。
 シェアハウスに来て三日ほど。スパゲッティにフランスパンという洒落込んだ夜ご飯を食べ終え、食後のフリータイム。
 梨乃は涼夏とおしゃべりに興じ、梢はスマホをいじっている。小夜は、まだ所在なげにちんまりとソファに座り、たいして興味もないテレビ番組を見ていたときだった。
 一人、上から降りてきた。小夜にとって、初めてみる顔・・・・・・でも、新しく入った住人ではない。梢、梨乃についで三番目の古顔だ。
「雅! 今日は調子いいの?」
 梢が顔を上げ、嬉しそうに叫んだ。梨乃が立ち上がって抱きつきながら笑顔になり、涼夏も微笑みを浮かべている。
「や〜っ、嬉しいなあ。久しぶり」
「うん」
 雅は、少し頬を染めて微笑んだ。
 色白の肌、腰までの艶のある髪。ぱっちりした目。この子を形容するならば、一言しかないだろう。
 美人、だ。女子から嫉妬されていじめられるのも、なんだかわかる気もする。
「小夜小夜小夜! 雅。初めてだよね? 顔合わせるの」
 小夜は、なんて答えればいいかわからず、ひとまずソファから立ち上がって、小さく会釈した。それにつられ雅も控えめに頭を下げる。
 その二人の、距離ありまくるかたくるしいやり取りに、涼夏が苦笑した。
「引っ込み思案だけど、話すといい子だよ。まずは、二人で話してみなよ」
「あ、うん・・・・・・」
 小夜がぎこちなくうなずいて、雅と一緒にソファに座るのを見届けてから、他の三人は元していたことに戻ってしまった。
「あの・・・・・・ええと・・・・・・」
 なんて会話を切り出していいかわからない。
 年齢や好きな食べ物などをお互いもごもごと一言二言喋っただけで、そのかちこちの空気がいたたまれなくて、咄嗟にトイレに逃げ込んだ。
 思わず大きなため息がこぼれる。
 絶対にここで、親友を作ることはできない、とつくづく感じた。
 早く慣れたい、ではなくて、こんな居心地の悪いシェアハウス、早く出て行きたい、と思う。しかし、出たところで頼る人なんていない。小夜の移動可能範囲では、天涯孤独と言っていいだろう。
 あの頃の代わり映えしない家族四人の生活に戻りたいと、初めて強く感じた。