ソファの前の小さな机には、誕生日ケーキが置かれている。
『梢 おめでとう!』
 そう書かれたプレートを前に、梢は夢の世界に入っていた。
「まーったく、自分の誕生日だってのに、なんてのんきな」
 ソファで眠りこける梢を見下ろして、雅が呆れたようなため息をつく。
 毎年、シェアハウスメンバーの誕生日の前日は、日にちが変わるまで起きておくのが恒例で、翌日が休日ならば、誕生日ケーキが用意される。しかし、今日はちょっと異例だ。
「梢っ、起きろ梢っ」
 梨乃が、梢のくるまる毛布を剥ぎ取った。
「んんん〜・・・・・・なに」梢が気だるそうに、寝起きの声で言った。腰まである後ろ髪は、くしゃくしゃになってしまっている。
「あと十五分ですよ」
 年越しまで。
 アヤさんが言う。先ほど、ふざけた梢によって、彼女の水色のシュシュで前髪をちょんまげにされている。
 テレビには、紅白歌合戦の終わりを告げる、蛍の光が流れていた。
 梢は正月の明け方に生まれたのだ。
「んあ。十五秒前に起こして」
 そう言ってもう一度寝ようとした梢を、小夜がとめる。
「ちょちょちょ。待って待って。十五秒前なんて、梢のスピードだと完全に目が覚めた頃には年変わってるから。何歳だかわかんないけど」
「十五歳なう・・・・・・」
 梢が渋々起き上がって寝ぼけ眼をこすり、小夜に答える。ついでにケーキのいちごをつまみ食いして、梨乃に頭をはたかれていた。
「ああ、うん、そう、十六歳になってるよ」
 話の腰を折られながら、なんとか言い終える。も〜。
「返せいちご、いちご返せ!」
 梨乃が、もぐもぐしているほっぺをむにゅむにゅと揉んでいる。高一と高二のじゃれあいを、涼夏が優しい眼差しで見守っていた。
「なんだよ。梨乃も食べればいいじゃん。はい、あーん」
「あう、うん、んん・・・・・・いいの? アヤさんが嫉妬するよ。初あーん」
 半ば強制的にいちごを口に突っ込まれ、ごっくんと飲み込んでから、梢をからかう。
「初じゃないから大丈夫」
 本家と仲直りしてから、そちらに遠慮なく頻繁に来るようになったアヤさんと付き合い始めた梢だったが・・・・・・梢の言葉に、からかい調子だった梨乃が目を剥いた。
「え! あんたたち、どこまで進んで」
「ん〜、どこまでだっけな。忘れた」
「忘れっ・・・・・・ちょっと、涼夏、なんか言ってやってよ」
 一瞬呆気に取られて、梨乃はママ涼夏を引き合いに出す。
「ええ、私? ん〜・・・・・・仲良くやってるんなら、いいよ」
「涼夏〜。そこは釘刺さなきゃ・・・・・・」
 梨乃ががっくりうなだれた。いつも通りの光景に、雅が微笑む。
 そうこうしているうちに、十五分が立って、テレビではカウントダウンが始まっている。
「あっ。ほらほらほら」
 アヤさんがテレビを指さした。
「じゅーう」涼夏がテレビと揃えて言い始めた。「梨乃ちゃーん」ちらっと梨乃を見る。
「きゅーう」梨乃が元気に続く。梢に視線を移して。
「はーち」梢も珍しく、ノリよく言った。雅に引導を渡す。
「なーな」雅が控えめに叫び、同時に手をきゅっと握られる。
「ろーく」小夜もしっかりバトンを受け取り、笑う。
「ご、ごーお」十の視線に、自分の番か、と戸惑いながらアヤさんが微笑む。
「よーん、さーん、にーい・・・・・・」
 せえのっ。
 声にならない合図のあと、熱気がシェアハウスを包み込んだ。