「あなたが怖がっているものはなに?」
 目の前の美人占い師は、いの一番にそう問いかける。は?
 怖がっている・・・・・・?
 小夜(さよ)が考え込んだのを見て、占い師はあらまあとお茶目に舌を出した。
「ごめんなさい。曖昧すぎるわ。・・・・・・ええと、変化、人間、孤独、失敗、後悔。この中から一番怖いものを選んで?」
「え〜っと」
 占い師は指折り数えてくれたけど、それでもわからない。
「じゃ、消去法で、考えてみましょ。・・・・・・それでは、どれが嫌?」
 変化は怖くないし、人間もまあ大丈夫だ。孤独は嫌だなあ。失敗も怖いけど、成功の元だし、後悔は・・・・・・頑張れば減らせる。
「孤独、でしょうか」
「あら、孤独が怖いの? それなら、安心して」
 きっぱりと言い切られる。迷いのない言葉に、安堵するよりもまず、少し戸惑った。
「あなたは孤独にはならないわ。人には恵まれている。いいことね」
 補足のように、女性占い師は笑みを浮かべた。
「え? じゃあ、失敗かなあ」
「それも大丈夫。失敗は成功の元だって、思ってるんじゃない? そういうポジティブ思考、長所だと思うわ」
 ぎくり。さっきちょうど思ったことを言い当てられて、思わず身を引く。凄腕占い師だ。
 占い師は、小夜の驚愕の表情を見てちょっと嬉しそうに、無邪気な笑みを浮かべた。
「えー・・・・・・じゃあ、後悔?」
「それも心配ないわ。後悔してることある?」
「えっと」
 問われて考えてみると、意外と少ない。ふと思い当たっても、あのときグーを出していれば勝ててパンおかわりできたのにとか、もっと下に注意を向けていれば転ばなかったのにとか、そういうくだらないことだけ。
「ない・・・・・・ですね」
「ええ、あなたはついている」
 人間関係に運。どうやらこの先、最高の人生らしい。うえーいラッキーと思いかけたけど、相手の表情を見る限り、まだ彼女の満足する答えに辿り着けていないみたいだ。
「じゃ、えーと」
 最後の選択肢を口にしようとすると、先に首を振られた。
「人間も違う。さっきも言ったけど、人には恵まれているわ。あなたの周りに、悪い人はいないみたい」
 で、す、よ、ね。はい。知ってました。でもさ。
「ええ? じゃあ、変化?」
 一番怖くないんだけど。全然頑固って感じじゃないし、考え方も柔軟であるつもりだ。時代錯誤なおじさんたち、ドラマとかで見てもイライラするし。
 不審げな声音で聞くと、凄腕占い師は納得したようにうなずいた。
「私には、そう見える。変化に怯えてるように見えるわ。自覚はないようだけど」
「えええ?」
「安定を求めるタイプ? 今の暮らしが、よっぽど幸せなのかしら」
 そこまででは、ないと思うんだけど。
「普通の暮らしですよ。取り立ててなにもない」
 四人家族、父母、姉弟のごく普通の家庭だ。辛くも楽しくもなんともない日常。
「普通の暮らしが一番だって、考えるときが来るわね」
 なんだか不吉な言葉を残して、占い師は消えた。