「姫様、軽輩者の言い分は気にしなくて良いのでは?」
 と言った。それはわらわに向けての言葉と言うよりも、隣に居る京に釘を刺している様だった。それもあってか。益々、京の口は堅く真一文字に結ばれてしまった。
 結局、わらわが遮られたその先を聞ける事はなかった。
・・・・・・・
 窮屈じゃ、とても窮屈じゃ。動きづらいし、息が詰まる。緋天も窮屈そうに、わらわの前でちょこんとしている。
 なぜ、こんな思いをしなければならないのか。
 わらわは、はあと長くため息を吐き出した。
 今わらわは、普段乗る事がない駕籠(かご)に乗っている。そして服装も、普段は全く袖を通さない女らしい正装だ。
 朱色の衣で川を流れている牡丹があしらわれた小袖に、白色の腰巻き、秋桜の柄が入った山吹色の打掛。髪もらしくなく、きちんと櫛を通して艶やかにさせた。
 慣れていない服装のせいか、暑苦しいし息苦しい。駕籠という、閉塞的な空間がよりそれらの気持ちを育てさせる。
 ううう。思い切り脱ぎ散らかして、駕籠から飛び出したいぞ。なぜわらわは駕籠なのじゃ、馬に乗って行きたいぞ。それだけではない。こんな格好を今すぐ辞めて、いつもの軽装になりたいぞ。
 ゆっくりと揺れる駕籠の中でもぞもぞと動き、ひたすら悶々とする。
「京、総介―。まだ着かぬのかぁ」
 中から声を張り上げると、「まだです、もうしばしのご辛抱を」と言う総介の礼儀正しい声と「それ、つい数分前に言っていましたけど」と無礼な京の声が聞こえた。
 駕籠で顔が見えないおかげで、京の無礼な発言はいつもよりも腹立たしくならない。
 そう、わらわが今なぜこんな思いをしてまで、大仰なお出かけをしているかと言うと。武田信玄の居城の一つである、牧之島城に出向いているからだ。
 手紙を送り返して、色々な支度を済ませてから、わらわは京と総介、女房と家臣を何人か付けて美張を出立したのだ。
 それがつい昨日の事だ。
 一日かけて信濃に入り、宿で朝早くから対面するに相応しい身支度をして、わらわは京が妖術で出した、些か華侈な駕籠に乗っているのだ。
 こうしてみると、本当に自分は一国の姫だったなと身に染みるが。はああと大きなため息が、途切れる事がない。わざわざこうして出向いている事と、こんな格好をしている自分に対して。