京はわらわの「行くぞ」を聞くと、笑いをかみ殺した様な声で「御意」と答えて一歩下がって付いてきた。
 浮き足立ちそうになるのを必死に押さえて、廊下を歩いていたが。徐々に歩みが軽くなっている事に、自分でも気がついた。
 それくらい、京と城下町に出られる事が嬉しいのか。わらわは。
 心の中で浮かれている自分に問うてみると、すぐに答えが返ってきた気がした。
・・・・・・・・・
「おおおおおお!見よ、京!良き賑わいじゃのう!」
 城を出てすぐに見える、軒先の一列に並んだ提灯に歓声をあげた。民も皆、笑顔を見せて、豊穣祭を楽しんでいる姿が見える。
 米を炊く芳しい香りや、おはぎに使う餡の匂いなどがふわんふわんと鼻腔を通る。
 うーん、なんて美味しそうな匂いがあちこちで漂っておるのだろう。
 匂いに刺激されたのは思考と鼻腔だけではなく、腹もだった様で、ぐううと大きな音をあげた。
「良い鳴り具合で」
 ボソッと呟かれ、バッと後ろを振り向き「やかましい!」と、すかさず噛みつく。
 怒鳴られたと言うのに、京は顔色一つ変えなかった。それが返って腹立たしい・・・
 いやいや。そんな事にいちいち腹を立てるな、千和よ。怒る時間が勿体ないであろうに。祭りの最高潮を楽しまねば意味が無い。そうじゃ、そうじゃ。
 うんうんと自分を宥めさせる様に強く頷いていると、「何をしておられるので?」と冷ややかに突っ込まれて、自制心という物が簡単に揺らぎそうになる。
「京、お主はも少し側仕えらしくしろ」
 わらわが苦々しい顔で苦言を申すと、京はわざとらしく「はて」と肩を竦めた。
「妖怪だからでしょうか。側仕えらしくと言う物が、どうにも解せなくて」
 ここぞとばかりに、妖怪と言う立場を利用しおって。
 少し憎らしい目をして、「らしく」をわざと強調した京を貫くが、かすり傷一つ付けられなかった様だった。
「まあ、良い。今日は豊穣祭に免じて許してやろう」
 京はニヤッとほくそ笑み「かたじけのう存じます」と答えた。
 かたじけないとは、そう言う時に使う言葉じゃないのだが!全く、ほんとに小憎たらしい。
 はあと大きなため息を一つしてから、目の前の出店に目を移した。
「あ!姫様だ!」
 はしゃぎ声が聞こえ、前を見ると、出店の前で遊んでいた子供達が目ざとくわらわを見つけて、ダッと駆け出してきていた。