「ところで……その左の内ポケットに隠し持っている物は何でしょうか?」

持ち前の洞察力で団服の上からでも分かる妙な膨らみについて指摘すると、ラルフは観念し照れ臭そうに懐から小綺麗な箱を取り出した。

「気に入るか分からないが……貴方に」

「……私に?」

「ああ」

マリナラは心の中で舌打ちした。

これは迂闊だったとしか言いようがない。まさか懐に忍ばせていたのが自分への贈り物だったとは思いもしなかった。ラルフにそのような甲斐性があると想定していなかったのは自分の失態である。

「結構ですわ」

マリナラは頑な態度でラルフからの贈り物を固辞した。

「なぜだ?」

「頂く理由がございません。契約書がある限り私は貴方の妻役を全う致します。無用な物品のやりとりなど無駄の極みですわ」

マリナラにとって贈り物は相手を懐柔する手段のひとつである。何の目的もないのに物を買い与えるなど愚の骨頂だ。

しかし、断ってもなおラルフは微笑みを絶やさず冷静に次の一手を繰り出した。

「契約書に贈り物をしてはならんとは書いてなかったはずだが?」

マリナラはハッと面食らい、次に苦虫を噛み潰したような苦々しい表情になった。ラルフは契約至上主義のマリナラが絶対に断れない急所を的確についた。
契約書の抜け穴を指摘されるなど、マリナラにとっては屈辱以外の何物でもない。

「ええ、そうですわね。それではありがたく頂戴致します」

負けを認めたマリナラはラルフからの贈り物を渋々受け取った。もはや先ほどまであった精神的優位性はすっかり消え去っていた。

ラルフからは分かりやすい聡明さこそ感じない反面、処世術の当意即妙さは目を見張るものがある。

王族という地位と団長という腕っ節の強さも相まって、皆なんとなくラルフの言うことを聞いてしまうのだ。

それは時として人徳と呼ばれるのだろうが、論理的思考ではない部分が多く時折マリナラを酷く不快にさせた。

「変わり者と言われませんか?」

マリナラは箱のリボンを解きながら悔し紛れに尋ねた。

「王子らしく振る舞えば、庶子のくせに。騎士らしく振る舞えば、王子のくせにと言われる。何をしても文句を言われるなら自分のしたいようにするだけだ」

「……そうですわね」

気に食わないがしたいように生きるという点でラルフとマリナラはよく似ている。

「あら、素敵な万年筆」

リボンを解き箱を開けるとそこにはマリナラも驚くほどの素晴らしい代物が鎮座していた。

艶々とした照りのある胴体と美しい金の装飾、マリナラの瞳と同じブルーの宝石をあしらった名工の渾身の一作は仮初の妻に与えるには上等過ぎる。これひとつで小貴族の数ヶ月分の生活費は賄えるだろう。

「とても趣味がよろしいようですね」

「私ではとても貴方が気に入るような物を買えないさ。キールに良い店を教えてもらったのだ」

マリナラの褒め言葉に気を良くしたラルフは思わず顔を綻ばせた。

「あら、それでは直ぐにお礼を申し上げませんとね」

ふふふと軽快に笑うマリナラをラルフは眩しそうに目を細めて見守るばかりであった。