レインフォール家の別宅は玉石街の中でも中流貴族が集う外壁に近い区画にあった。
王都レジランカが3つの城壁で区切られ階級ごとに生活圏が分けられているように、言わずもがな玉石街にも序列が存在する。
王城のある内壁に近いほど序列が高く、主人の爵位も別宅の規模も大きい。逆に外壁に近い場所には、騎士団の詰所や商店などの不特定多数が集まるような施設と、区分けがしっかりされている。
レインフォール家の玉石街の別宅はケルシェ村の別宅に比べると規模は半分ほどでこじんまりとしているが、社交界シーズンにしか使わない仮住まいとしては十分な広さと言えた。そもそも伯爵位で別宅を持っているだけ立派である。別宅を持っているのは侯爵位以上あるいは金満な旧家が殆どであり、伯爵位ともなるとほんの一握りしかいない。
マリナラの話によると祖父の代に一度手放したそうだが、それ以前は羽振りが良かったのであろう。
50年ほど前、東国ライルブルとの国境戦が長引いた上にリンデルワーグ王国が誇る穀倉地帯が稀にみる凶作に見舞われた。その折に生活が困窮し没落していく貴族も多かったと聞く。マリナラの祖父も例に漏れなかったらしい。
本格的な社交界シーズンを前に、別宅の辺りはひっそりと静まり返っていた。
冬が終わり春になると貴族たちはこぞって王都に集まり始め、夏には最盛期を迎える。春が訪れたばかりの今日、玉石街が大勢の人で賑わうのはしばらく先のことである。
ラルフとマリナラは人目につかぬよう正面入口を避け、真裏にある使用人口からこっそり敷地の中へと入った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
屋敷の中に入るのと同時に、待ち構えていたように人影が現れた。片眼鏡の壮年の執事は、ラルフには一瞥もくれずに主人に首を垂れる。
「手筈は?」
「滞りなく済んでおります」
「それは重畳。私が呼ぶまで全員待機していてちょうだい」
「畏まりました」
そう言うと執事は燭台の灯りのない闇の中へすうっと消えていった。
(驚いたな……)
石造りの廊下は靴音が響くものだが、あの執事は足音ひとつ立てずに歩き去っている。真っ当な執事のすることではない。
剣を生業とするラルフとは方向性が異なるが……かなりの手練れであろう。一介の執事の振りをしていることが俄かに信じがたい。
「ご安心ください。この家の使用人は一人残らず私の忠実な部下でございます」
マリナラはラルフを安心させるようにそう言うと、この別宅の中で最も広く日当たりの良い主寝室に案内した。
大粒のルビーが埋め込まれた重厚な扉は別宅の主に相応しい佇まいだった。主寝室の中には天蓋付きのベッドと長椅子がひとつ、テーブルセットが対となって置かれていた。
ケルシェ村に置いてあった調度品よりもいくらか装飾が華美なのは、以前の持ち主の趣味によるものだろう。買い戻したばかりというのは本当らしい。