その日は、土曜日だったが、梨紗は期限の迫った展覧会に出品する絵を、美術室で一人で黙々と、仕上げていた。高校で梨紗は美術部に入部していた。理由は、絵を描くのが好きだった事と、同じく絵を描くことが好きな蓮が、一緒だったから。
上手く言えないけれど、心の中の鬱憤をそのままに、白のキャンバスを乱暴に、侵していく感覚が、梨紗は、たまらなく好きだった。
暴かれそうで暴かれない、そのキャンバスの中に、自分自身の全てを隠すように。
いつもは、蓮と待ち合わせてきているが、蓮は切らした絵の具を買い足してから、行くからと言われ、今日は、珍しく梨紗は、先に来た。
キャンバスを真っ赤に塗りつぶしてから、藍と紫で殴りつける様に色を置いていく。指先で押さえつける様に仄かな黒い感情を重ねてから、表面を淡いピンクで包んで、白い靄でぼやかしていく。
ーーーーガラッと扉が開くと、蓮がニコッと笑って顔を出すと、コンビニ袋を机に置いた。
「お待たせ」
「遅かったね」
「昨日、寝不足もあって、少し寝坊しちゃってさ。梨紗のお昼も買ってきたよ」
「有難う」
「あ、梨紗の作品は、もうすぐ完成?」
「うん、ほぼ出来たかな」
「抽象的だけど、斬新な色使いで、心が奪われそうな迫力があるよ、題名は?」
「愛憎」
蓮の目が優しく細められる。
「なるほどね。納得だな。深い愛情の中は誰にも見せられない欲望の塊が、共存しているものだから」
ーーーー思わず心臓が跳ねた。蓮が自分の描きたいモノを、理解してくれていることに。