黒のシャツのボタンを外して、首元を緩めながら、花火屋と名乗る男は、いつものように煙草に火をつける。

開け放していたガラス戸からは、アゲハ蝶が舞い込んできた。

鮮やかな黒と黄色の模様の羽を、優美に瞬かせながら、男の前を旋回すると、鱗粉を僅かに落としながら、空高く飛んで行った。

アゲハ蝶の漢字表記は、揚羽蝶だ。その名の通り、羽を揚げるとは、羽を広げて、空高く瞬きあがる、の意を持つ。

「さあて、どこまで飛んでいけるかな……」

美しく、魅力的なモノは、蝶であれ、人であれ、時に妬ましい象徴となり、嫉妬の渦を呼び起こす。

歪んだ感情は、小さな点からあっという間に膨れ上がり影となる。その影がたとえ、純粋な憧れから、始まったモノだったとしても。

「人間の愛情ってやつは、親の人格によって左右されんだよなぁ……。親の愛情を知らずに育った子供は、何を栄養にすれば、愛情を知ることができるんだろうな……」

それこそ、嫉妬や妬みを栄養に、歪んだ愛情しか知ることが、できないのかもしれない。

子供は、雛鳥と同じだ。初めて目にしたモノを親として、何の疑いもなく、愛情を口を開けてはねだる。

「子供の人格ってやつは、親を見ながら、見よう見まねで形成されていく……たとえ、それが歪んだ親の愛情でもな……」

男はタバコを灰皿に押し付けると、部屋の隅にかけてある、丸鏡に自身を映す。

右の頬には、目尻の下から唇の端まで、一本の筋が走る。男はその傷を、人差し指でゆっくりなぞると、ふっと笑った。